暗愚楽月報
The Underground Disc Review
第70号

黄金週間,みんなは帰省
それを後目にぼく気勢
あげて突入CD屋

Editer's Note

今月の金賞(D'OR)


★★★★★
Christian Jacob Trio "Contradictions" (Wilderjazz : XQAM-1606)
@looking up Aeven mice dance Bdumb breaks Ccolors DBrazilian suite Econtradictions Frachid G13th Hmemories of Paris IBrazilian suite No. 2 Jmy bebop tune
Christian Jacob (p) Trey Henry (b, eb) Ray Brinker (ds)
1958年ロレーヌ生まれというから,気が付けばもう中堅になってしまったジェイコブさん。アメリカ仕込みのカラッとした運指の歯切れの良さと,流麗な和声のコンビネーションが絶妙な若き名手です。ピエール・サンカンに師事し,1978年に首席でパリ音楽院を卒業。渡米してバークリーで学び,オスカー・ピーターソン賞やグレート・アメリカ・ジャズ・ピアノ・コンペで入賞。1985年のバークリー修了後はすぐ教員となり,1987年から1989年までゲイリー・バートンのサイドメンとして活動。継いで入ったメイナード・ファーガソンのグループが契機となり,初リーダー作をものにしたのはご承知の通り。1999年の第二作『タイム・ライン』以降,しばらくお休みしていたリーダー吹き込みを,2004年に再開。スタインと自作曲の折衷で吹き込んだ『スタイン&マイン』は全米ジャズ・チャートで三位にまで上がり,本盤吹き込みの大きな動機になったんだそうな。二匹目のドジョウを狙った本盤は,同郷の大先輩ミシェル・ペトルチアーニの作品で固め打ち。きびきびと良く動く指と,端正な曲解釈で,奇を衒うことなくオリジナルを再現前。メロディックで甘美なオリジナルを書くペトちゃんの才能を,改めて認識させる一枚となっている。過去のトリオに比べると,少し大人しくなりましたけれど,却ってペトちゃんの素材を壊さず,適度な火加減で料理できているのではないでしょうか。横綱相撲の安定感。安心してお薦めの一枚です。






Recommends


Gerald Finzi "A Severn Rhapsody / Nocturne / Three Soliloquies / Romance / Prelude / The Fall of the Leaf / Introit / Eclogue / Grand Fantasia & Toccata" (Lyrita : SRCD.239)
Adrian Boult, Vernon Handley (cond) Rodney Friend (vln) Peter Katin (p) London Philharmonic Orchestra : London Symphony Orchestra : New Philharmonia Orchestra
ウィアストーン財団との折衝で再版権をゲットしたリリタから,CD-Rながら続々と栄光の旧録音が再登場。こんな録音あったんですかと目が点になりつつも,しっかり散財これ病気。わけても英国近代に優しい大指揮者ボールトと,その薫陶を得て師匠以上に大物となったハンドレーの師弟コンビの録音群は,内容といい選曲といい,文句の付けようがございません。本盤は1977年から1978年に掛けて,この師弟コンビが吹き込んだフィンジの連続録音をカップリング。ライナーノーツが貧弱で釈然としないものの,表装から推察するにメインはボールトの録音で,ハンドレーは掉尾二品のみの参加でしょう(ボールト特有の,木目調の暖かな質感に比して,掉尾の二曲はいくぶん現代的な洗練の行き届いた演奏になっています)。フィンジといえば,涙腺を緩めるマイナー調のメランコリックな旋律美が何といっても美点。感傷的になりすぎず,適度に荘厳さを残して演奏しないと,イージーリスニングっぽくもなる諸刃の剣です。本盤の演奏はこの点,非常にバランスが良く取れている。オケも当時としては最高水準でしょう。たとえナクソス録音をお持ちでも,各々の曲の古典的名演として,充分に興じ入っていただけるのでは。個人的は,未聴だった『落葉』と,なかなかジョーンズ越えの叶わなかった『エクローグ』が嬉しい。初耳だったソリストのケイティンは,彼の地ではショパン弾きとして有名だとか。コンクールでどうこういう時代ではなかったのか国際的な受賞歴はありませんけれど,ベーゼン風のどっちりしたピアノと,知的抑制の利いたタッチが好ましく,ナクソスくんだりの演奏は明瞭に凌駕。ジョーンズをも上回る荘重な美演で拍手喝采。これを聴いただけでも,買った甲斐があるというものです。★★★★★
Ernest John Moeran "Rhapsody No.2 / Violin Concerto / Rhapsody in F#" (Lyrita : SRCD.248)
Adrian Boult, Vernon Handley, Nicholas Braithwaite (cond) John Georgiadis (vln) John McCabe (p) London Philharmonic Orchestra : London Symphony Orchestra : New Philharmonia Orchestra
CD-Rながら大挙,リリタ黄金期の旧録音が再プレス。前回の発売がLP時代かせいぜいCD黎明期だった関係で,買いそびれた方も多かっただけに,この再発はまさしく僥倖といえましょう。本盤は,ボールト〜ロンドン・フィルの狂詩曲二番,ハンドレー〜ロンドン響の協奏曲に,ブライスウァイトなる耳馴染みのない指揮者の振ったピアノのための狂詩曲をカップリングしたモーラン管弦楽集の徳用盤。狂詩曲でピアノを弾くジョン・マッケイブは,個人的にはロースソーン研究家としてのほうが馴染みがありましたので,ピアノが本職だと知ってむしろびっくりしているような次第です。録音多数で可愛がられている割に,細部に神経の行き届かない雑駁な演奏でいつもがっかりさせられるリディア・モルドコヴィッチ。彼女のヘロヘロな録音くらいしか記憶になかったモーランのヴァイオリン協奏曲が,最も嬉しい聴きどころになるでしょう。初耳のソリストはエセックス出身で,1960年代から1970年代に掛けてバーミンガム市立,ロンドン響の首席奏者を務めた人物。のちチェリビダッケに師事し,指揮者業へ。ソリストとしてはガブリエリ四重奏団を始めとする室内楽アンサンブルがメインになってしまったようですねえ。しかし,演奏技量は意外なほど高い。個人的にはモルドコさんのそれよりもあらゆる面で上回っていると思います。ちなみに同曲でタクトを執るハンドレー御大,昨2008年9月10日に亡くなられたそうです。英国近代の再評価は,間違いなくボールトとハンドレーの師弟コンビの為せるわざでした。ありがとう。その魂安らかならんことをお祈りいたします。★★★★★
"Quatre Poèmes Hindous / Deux Fables de La Fontaine / Maktah / Trois Poèmes Désenchantés (Delage) Saisir / Trois Sérénades / Elpénor / Chants Sahariens (Jaubert) Chanson Perpétuelle (Chausson)" (Virgin : 50999 522128 26)
Felicity Lott (sop) Armin Jordan (cond) Kammersensemble de Paris
1947年チェルテナム生まれのフェリシティ・ロットさん。イギリス人で大物なため,数多の録音にかき消されがちな彼女のフランス音楽への愛情は,1996年のレジオン・ドヌール賞受賞が物語るとおり。ロンドン大学を出た後,わざわざフランスへ渡ってグルノーブルで歌唱指導を受けたほど,フランス歌曲への愛着は深く,それはボードレールの詩に絡んだ歌曲ばかりを編み込んだ素晴らしくマニア受けのするハルモニア・ムンディの歌曲集でもお分かりでしょう。本盤は1995年に一度CD化されたっきり,久しく廃盤になっていた仏近代歌曲選。ここでも,売れ線はショーソンの歌曲一曲だけという,あまりに強気すぎる選曲で,たちまち廃盤に。「絶対に再発されんだろうな・・」と半ば諦めておりました。酔狂すぎる13年振りの再発に拍手喝采。その卓見には,感謝の一語しかございません。映画音楽の開祖としてしか認知されていないカワイソーな無名人モーリス・ジョベールがこれだけまとまって採録され,これだけの実力者に歌ってもらったことなんて,後にも先にも記憶なし。近代辺境ふぇちな方々にとってはこれだけで充分に価値ある録音といえましょう。しかも,ジル・ゴメスの表現力にベルガンサの品格を融合したような素晴らしい美声。これまでピンと来た試しがなかったドラージュの歌曲が,地味でより内省的なラヴェル『マラルメ3つの詩』として傾聴に値する佳曲であることを,恥ずかしながら本盤の歌唱でようやく認知したような次第です。後ろで伴奏するジョルダンとパリ室内アンサンブルも好演。★★★★★
"Violin Concerto / Viola Concerto (Walton) The Lark Ascending (Vaughan-Williams)" (EMI : 7243 5628132-5)
André Previn, Simon Rattle (cond) Nigel Kennedy (vln, vla) Royal Philharmonic Orchestra : City of Birmingham Symphony Orchestra
個人的な話で恐縮ながら,ウォルトンの『ヴィオラ協奏曲』は愛聴曲でして。それでいてお金がない故に,ナクソスの録音で専ら聴いておりました。実は同盤,オケこそ素晴らしいものの,唯一不満だったのがくだんの協奏曲。ピッチが不安定なトムターさんの独奏でした。円高で良い機会だし,少し他盤を聴いてみようかということで購入したのがこの録音。1956年ブライトン生まれの独奏者は,パンク・ルックの奇抜な出で立ちでジャズ・ヴァイオリンを演奏し,批評家連中を煙に巻く変わり者。1989年に発売されたヴィヴァルディ『四季』の録音で全英ポップ・チャート6位となり,ギネス公認のクラシック史上最高売上(200万枚以上)記録保持者にもなりました。ジュリアード出の才気は伊達ではなく,技量は大変高水準。保守ロマン派的なヴァイオリン協奏曲では,さすがメイン楽器に違わぬ抑揚たっぷりの演奏と音圧の高い美音でゆうゆうとクライマックスを作る。こちらに関しては文句なしの5つ星でしょう。ということで,本盤が星半分減ったのは併録のヴィオラ協奏曲に原因が。こちらも,本命楽器ではないにもかかわらず演奏技量は高水準。ヴィオラ専業のトムターさんを軽々と超えるレベルの美演にはなっておりましょう。しかし,やはりヴィオラは余芸だからなのか,ヴァイオリンのそれに比べるとごく僅かピッチ緩く,音もちょっぴり荒れてしまう。速いパッセージが続く第二楽章ではスタッカート一音一音の毛羽が立ってしまい,ごく僅か耳障りになってしまうのが残念ですねえ。もちろんこれは贅沢レベルでの話。ナクソス盤よりは明らかに良い演奏ですし,今や廉価盤。オケも優秀と来ている。採録された二曲は,作曲者のポスト・ロマン派の保守的な顔と通俗的なバーバリストの顔をバランス良く俯瞰。お試しで一枚と仰る方には,充分入門盤としてその役割を果たすことでしょう。★★★★☆
Charles Koechlin "Quartet No.1 op.51 in D / Quartet No.2 op.57" (Ar Re-Se : AR2006-3)
Ardeo Quartet: Carole Petitdemange, Olivia Hughes (vln) Caroline Donin (vla) Joelle Martinez (vc)
ヴュイルマン『アルモリカの夕べ』の録音で鮮烈な印象を残したアルレーゼから,久々に出てきた本盤は,何と余所ではほとんどお目にかかれないケクランの弦楽四重奏曲をカップリング。第一次大戦直前の1913年に書かれた第一番と,戦中に書かれた第二番が併録されています。ケクランの筆致が深化していくのは,ご承知の通り世紀の変わり目から10年間ほどのことで,ここに収められた二品はその直後。戦禍を前に却って霊感を受け,チェロ・ソナタやヴァイオリン・ソナタなどの中期の名品が揃って書かれた,ひとつの充実期です。聞いたことのない演奏陣を前に,言いようのない不安を感じつつもやっぱり買っちゃう脊髄反射。一番のみになされる調性指示が物語るとおり,前者は仙人モード控えめで,典雅な擬古点趣味に立脚。つらつら午睡するかのような二番は,より自由に調とモードを揺らしていく。期せずして,作曲者の二つの顔が上手く案分されたカップリングになったのでは。本盤の美点は,珍しい弦四録音にして,演奏もピカイチに良いこと。国立パリ音楽大学でマイケル・ヘンツ,ダリア・ホロヴァに師事した同窓生4人の構成するアルデオ四重奏団は2004年,マドリッドへの留学中に,モスクワで開催されたショスタコーヴィチ国際で準優勝し,二部門の特別賞を受賞。その翌年にはボルドー国際でも二位と審査委員賞を受賞し,同時にパリ大学父兄連合会(FNAPEC)賞でも優勝したとか。大変良く協調した美演。ついでに第二ヴァイオリンのオリヴィア女史がべっぴんさんで,二度美味しいと来ている。才色兼備な名盤として,下心も満点にお薦めでございます。★★★★☆
Heitor Villa-Lobos "Concerto No.2 / Grande Concerto, op.50" (MDG : 321 0339-2)
Dominique Roggen (cond) Ulrich Schmid (vc) Nordwestdeutsche Philharmonie
管弦楽作品に拾いものの多いヴィラ=ロボスさん。少し腰を入れて集めてみようかと購入した本盤は,1915年と1953年に書かれた,二編のチェロ協奏曲を併録。ブラジル的な開放感と穏やかなロマン派書法で書かれ,やや朴訥な最初のコンチェルトに対し,二番はより洗練され,緊密な構成と濃厚な和声感覚。六人組の色合いが加わります。自身,腕利きではなかった彼は,協奏曲をほとんど書かなかったというのが通説で,録音もごく僅少。しかし,10代からカフェでチェロを弾き日銭稼ぎして過ごした彼に,楽器は充分馴染んでいたはず。確かに放埒な開放感が武器の彼にしては,些かお上品すぎる気もしないではありませんけれど,なかなかどうして,堂に入った書きっぷりなのでは。演奏するはベルン出身のソリストと指揮者。北西ドイツ・フィルがそこに合体。独奏者はパリ音楽院でポール・トゥルトゥリエの高弟となり,その後デトモルト音楽院チェロ科教員を務めるとともに,ビエレフェルト・フィルの首席チェロ奏者になった御仁。目立った受賞歴や派手な楽遊歴がもないのも道理の技量は,些かキコキコ+各音の入りのピッチ不安定で,国内レベルの域を出ず。それでも,北西ドイツ・フィルともども奮闘。無名曲救済に燃える至誠が音に乗り,楽しめるレベルには充分達しておりましょう。ところで,前から「誰かに似ている・・」と思いながら名前の出てこなかった作曲者の和声感覚。この曲を聴いてマリピエロのそれとそっくりだと得心。個人的にヒジョーにすっきりしました。それでいて,マリピエロにはない明快な形式上の構成力が備わっているのが,この人の大きな美点だなと感じ入った次第です。★★★★
Flor Alpaerts "Capriccio / Pallieter / Romanza / Zomer-Idylle / James Ensor Suite" (Klara-Et'Cetera : KTC 4025)
Michel Tabachnik (cond) Guido De Neve (vln) Flemish Radio Orchestra
作曲者は1879年生まれのベルギー人。若くして父母を亡くしながら,フランドル音楽大学(のちの王立フランドル音楽院)でペーテル・ブノワに作曲法,ヤン・ブロックスに和声法を師事し,1901年に卒業。二年後の1903年には教授となり,1934年から1941年は学長にもなりました。教職の傍ら,1922年から一年間,王立フランドル歌劇場の音楽監督になり,ブノワ財団の芸術監督や同教会の合唱指揮者,アントワープ公園付の王立管弦楽団の指揮者なんかもやっていたようで,作曲の時間が充分とれず,作品はあんまり残っていないようですねえ。ものの本ではベルギーの印象主義者として時折名前の挙がる人物だけに,下心満載で購入したのは申すまでもございません。冒頭,『カプリッチョ』は,予想外に古色蒼然な国民楽派もどき。「やられた!」と絶叫しつつ二曲目に入った途端,今度は通俗ロマン〜印象主義書法。「リヒャルト・シュトラウスとドビュッシーの折衷」,よくそう言われるあの感じで,その後も筆は進みます。どことなくハリウッド映画にも通じる具象的な筆運びは,フランスでいえばちょうどピエルネのそれと良く似ている。生前,指揮者として成功したところも含めて,庶民的な平衡感覚に長けていたのでしょう。指揮棒を執るタバシュニクは1942年ジュネーブ生まれの中堅。マルケヴィッチ,カラヤンの薫陶を得たのち,ブレーズの助演指揮者。その関係もあってクセナキスと親交深く,振り手としても信頼厚いそうな。グルベンキアン管,ロレーヌ管,アンテルコンタンポラン管の首席指揮者を歴任した腕は確かで,演奏はバランス良好。ただ,少し統率力はないかも。高性能のフランドル放送響ながら,速いピチカートやグリサンドで少々ボロが出ております。尤も,この無名人を紹介するのには充分なパフォーマンス。B級グルメでも構わなければ貴方も一献,如何でしょう。★★★★
Albert Roussel "Le Marchand / de Sable qui Passe / Impromptu / Trio / Deux Melodies sur des Poemes de Ronsard / Elpenor / Divertissement / Adagio" (Adda : 581064)
Groupe Instrumental de Paris
時に無調,時に印象主義へと接近しつつも,いずれとも経路の異なる書法で聴き手を煙に巻くルーセルさん。ダンディの薫陶を受け,底流にドイツ的な美意識が流れていたからでしょうか。ストラヴィンスキーのおどろおどろしい衝撃に,シュミットよりもずっと形式・律動本位的な反応を示した彼の筆致は,仏近代音楽界ではかなり異色だったといえますでしょう。ルーセルといえば,現代の評価はほとんどが舞台音楽か管弦楽曲。小規模編成の作品群は録音も少なく,分けても室内楽となると,まとまった録音はほとんど見ないのが実情。ダンディともども,そのドイツ主義的なキャラが薄まるからでしょうか。不当な過小評価に甘んじているのは残念です。その後現在まで続く室内楽への評価の低さを鑑みても,1987年に出たこの作品集はまさしく貴重。特にハープをとりいれた初期作品は,移調感覚がよりヘンテコで,和声への依存度が低いことを除けば,ロパルツやケクランのそれと比較しても遜色ないほどに典雅。その立ち位置の独立独歩ぶりを俯瞰する意味でも,彼の室内楽は大いに傾聴に値すると思うのですがいかがでしょう。それだけに残念なのは,演奏するアンサンブルがやや格落ちなことですか。演奏するパリ器楽グループは,明確なメンバーシップがあったわけではなく,フランス各地から集まった雑多な演奏家の集合体だった模様。本盤はヴィラ=ロボス作品集に続く二枚目の録音で,ルーセル財団からの資金援助を受けて実現にこぎ着けたようです。メンバーの力量にはばらつきがあり,平均点は地方オケ団員レベル。アンサンブルも不協和。その後お見かけしないところをみると,人間関係の上でも充分に協和することのないまま空中分解しちゃったんでしょうかねえ。★★★★
"Concerto for Violin and Orchestra (Malipiero) Concerto for Violin and Orchestra in A Minor (Casella)" (Supraphon : SU 3904-2)
Václav Smetácek (cond) André Gertler (vln) Prague Symphony Orchestra
2007年に再発された本盤は,プラハ響の肝煎りで,1970年代に吹き込まれたイタリア人作曲家のヴァイオリン協奏曲二品をカップリング。マリピエロのコンチェルトは,1932年作の第一番。どこかオネゲル的な重い低奏部に,民謡風のモーダルなヴァイオリンが絡み,イタリア的な反復リズムが土臭さと野暮ったさを加味する呪術的なポスト・ロマン派です。まだ印象主義時代を抜けていない時期の作ながら,すでにドビュッシストの面影はほとんどなく,交響曲でいえば中ほど辺りの風合いに近いでしょうか。マリピエロ目的で買った本盤でしたが,むしろ意外な拾いものは併録のほう。六人組的バカっぽさが鼻についた,あのカゼッラが,嘘みたいにシリアスな顔をして,立派なコンチェルトを書いている。仏流の細密画の如き和声と土着臭たっぷりのモーダルな主旋律が怪しく絡み,擬古典的な部分ではオネゲル彷彿の構成力を示す。マリピエロを完全に食う出来映え。こんな曲を書けるとは。この人を見直しました。残念だったのは,チェコでは大物らしい独奏者。確かに力感溢れる太い音色に溜飲は下がるものの,ビブラートの音が微妙にヨレていて気持ち悪い。厚みと光沢のある響きからして,もとは相当の力量であったろうと推測されるこの御仁,調べてみますと1907年ブカレスト出身で,すでに老境でした。戦時中,ナチを避けてブリュッセル音楽院で教鞭を執ったらしく,お弟子さんの中には,アリーナロックならぬアリーナ・クラシックの代表格,シュトラウス・オーケストラの総帥アンドレ・リュウもいるそうな。★★★★
Frank Martin "Golgotha / Mass for Unaccompanied Double Chorus" (Apex : 2564-64398-2)
Robert Faller, Denis Martin (cond) Wally Staempfli (sop) Marie-Lise de Montmollin (alto) Eric Tappy (tnr) Pierre Mollet (btn) Philippe Huttenlocher (b-btn) André Luy (org) Paulette Zanlonghi (p) Choeur Faller; Choeur de l'Université de Lausanne; unknown Orchestre Symphonique; Choeur de Chambre du Midi
ウルティマシリーズで味を占めたのか,ワーナー・クラシックスから別名義でエラートの旧録音群の叩き売りが始まった模様。本盤は1969年に発売されたらしい『ゴルゴタ』と1990年録音の『二重唱のためのミサ曲』をカップリングし,二枚組廉価盤で再販したものです。二幕の大作オラトリオ『ゴルゴタ』で指揮棒を執るファラーは,ローザンヌおよびショードフォン音楽院で指揮法の教鞭を執る教育者。正直なところ初耳だったお名前を前にして,「些か力不足かな」との杞憂を抱いたことを白状せねばなりません。しかし,合唱指揮にミシェル・コルボが鎮座しているのを見てそれも霧散。決して閃きはないけれど,堅実な指揮。ライブ録音なのか,やや粗のちらつく演奏や独奏者の技量も,総じてまずまず高水準ではないかと思います。他の演目も少ないこの曲の古典的名録音のひとつとして,高い価値を有しておりましょう。しかし,そんな好印象を一瞬で打ち消してしまうのが,併録のミサ曲。親族と思しきドニ・マルタンが指揮するミディ室内合唱団の歌唱力は,個人的に過去最低だったウエストミンスター聖歌隊をも遙かに見上げる,未曾有の下手クソ振り。不揃いなアーティキュレイション,くたびれた声質,どこを切っても,親族絡み(らしい)こと以外,凡そ何処の琴線にも触れない堕演と断ぜざるを得ません。もし,貴方がすでにマルタンを知っており,なおかつゴルゴタの名演奏を探しているのなら,この二枚組は安心してお薦めできましょう。しかし,もし貴殿が,他に数多録音のある「二重唱のためのミサ曲」の決定版をお探しなら,私は全力でお止めせねばなりますまい。★★★☆
Alfredo Casella "Scarlattiana / Triple Concerto / A Notte Alta" (Brilliant : 8997)
Marzio Conti (cond) Paolo Restani (p) Stefano Vagnarelli (vln) Relja Lukic (vc) Filarmonica '900 del Teatro Regio di Torino
ヴァイオリン協奏曲が意外な佳品で気になっていたカゼッラ。ほかに管弦楽がないものかと探してみましたら,僅かながら選択肢があるのを発見。ブリリアント盤ってことで端から当てにならないとはいえ,演奏するはご多分に漏れず寡聞にして聞いたことのない(笑)トリノの地方オケ。一応王立らしいんですが,普段はポップスや映画音楽の演奏をやってるそうですから,所詮はその程度のレベル。そこそこ頑張りはするものの,お世辞にも上手いとはいえません。聖チェチーリア音楽院を出たらしいピアノもメリハリに乏しく,三重協奏曲の二弦も垢抜けしないとあっては,出てくる音も田舎情緒たっぷり。廉価盤買っといてそんな文句垂れるなよと,上から目線で聴き手に迫る御社を前に頭を垂れる稲穂かな。マリピエロにも同じ題があったなと,聴く前からゲンナリする『スカルラッティアーナ』がコミック・スコラ派丸出しの衒学的擬古典音楽なのは半ば予想通り。もとより期待しておりません。続く『三重協奏曲』はオネゲル趣味の低奏部と,時折ちらつく趣味の良い和声に煌めきは感じるものの,やはりちぐはぐな擬古点趣味でもうひとつ。すっかり意気消沈した耳に,意外な置きみやげをくれたのが,掉尾の『高い夜』でした。夜繋がりでシェーンベルクの『浄夜』やファリャの『庭の夜』を意識したであろうとのライナーノーツの指摘は当たっているでしょう。雰囲気だけならモンポウの『沈黙の音楽』にも通じるかも知れない。デュティーユを思わせる冷たく精緻な和声に,ファリャのスペイン臭をぐっと簡素化したピアノが絡む。やや構成力が大味とはいえ,イタリア擬古典派の寵児が,こんな象徴主義的な曲を書いていたとは。興味は尽きないですねえ。この一曲の面白さゆえに星おまけ。★★★☆



Other Discs

Frank Martin "Golgotha" (Musiques Suisses : MGB CD 6221)
Alois Koch (cond) Barbara Locher (sop) Liliane Zürcher (msp) Rolf Romei (tnr) Michel Brodard (b-btn) Kay Johannsen (org) Akademiechor Luzern : Kantorei der Stiftskirche Stuttgart : Luzerner Knabenkantorei : Solistenensemble der Musikhochschule Luzern : Berliner Symphoniker
マルタンが1945年から3年の月日を掛けて作曲した『ゴルゴタ』を,なんとベルリンのオケが演っている。カラヤンかと錯覚し,良く見ないで購入,円天購入者並の脊髄反射。よく考えたら彼の傭兵はベルリン・フィルだった。騙されたと気づいたときには時遅し。円天もとい円盤のみぞ手許に残る。案の定,天下のカラヤン傭兵集団とは比較にならぬレベルの演奏に,涙そうそう。オケそのものは決してヒドイとまではいかず,水準的には半世紀前に毛の生えたレベルでまだ許容範囲内。しかし,合唱隊とフロントが輪を掛けて醜態を晒し,せっかく徳俵一杯で残りかけたものを平然と土俵下へと突き落としてしまう。ソリストはルツェルン音大の選抜メンバーのようで,要は学生さん。力量にばらつきが感じられるのはやむを得ないところ。また合唱隊はルツェルンとシュトゥットガルトの3大学から集めた混声メンバーの様子。録音は2004年,ルツェルンでのライブだそうですから,要は楽遊でやってきたドイツのオケに,ルツェルンの楽壇が乗っかって共演したライブ録音といったところでしょう。そのせいか,特に合唱団のアーティキュレーションが良くない。指揮者の統率力に加えて準備不足,力量のばらつき,ライブと悪条件が揃っちゃったのでしょう。曲はヒステリックになることもなく,マルタンにしては調性感も感じられ,聴きやすい。良い曲だけに残念の一語。コルボ御大の名録音が既に廉価盤化された今,敢えてこの下手な演奏で,二枚組のオラトリオ版を買う意味がどこまであるのか,甚だもって微妙なところです。★★★☆
Norbert Moret "Concerto pour Violoncelle et Orchestre / Hymnes de Silence" (Musiques Suisses : MGB CD 6103)
Paul Sacher (cond) Heiner Kuehner (org) Orchestre Symphonique de Bâle
作曲者はフライブルク近郊出身のスイス人。17才の時バッハのブランデンブルク協奏曲と出会って開眼し,同地の音楽院で学んだそうな。しかし,パリへ留学したのが運の尽き。メシアンとレイポヴィッツにどっぷり薫陶を得て洗脳され,無調マンに変貌して帰国しました。1921年生まれですから,幾らスイスが遅れていたとしても,すでにマルタンが君臨していたはず。「進歩的すぎて受け入れられず,その後長く教職で糊口を凌いだ」・・ってライナーの言い訳も,どこまで信用できたもんかビミョーな気がするのは,決してあっしが不毛な無調嫌いだからだけじゃござんせん。1980年代頃からパウル・ザッハーに作品を上演されるに及んで,彼はようやく日の目を見たんだそうな。作風は,おとなしめのフランソワ・パリ,或いはジェラール・プゾーン風。冒頭からウジ虫が這うような弦のピチカートに乗り,無調風のウネウネフレーズが,ちんちんトライアングルやひゃひゃっストリングスと仲良く演舞。お馴染みのあのパターンです。また性懲りもなくゲンダイヤローかよ・・どいつもこいつも似たようなゲテモノ作りやがって,大同小異な変態書法のどこが革新的なんだよ!と,こちとらの怒りも最高潮。口惜しいことに,こういうゲテモノに限って,訳知り顔の大物がいいオケで録音したりしてるんだようっき〜!こういう裸の王様的な録音は,人類の恥の遺産として末代まで晒し者にすべきだと思うがいかん・・とここまで書いて,良く見ると,おろろ。上の円盤もムジーク・スイスぢゃあ〜りませんか。別にスイスに恨みはございません。恨みがあるのはこういうちんちんゴミみたいな円盤を定価で買わせる強欲なスイス人だけ。★★
"Sonate, op.48 (Haydn) Fantaisie, K.475 (Mozart) Nocturne, op.62-2 / Valses, ops.11, 13, 16 / Mazurka, op.30-4 / Ballade No.1 (Chopin) Sonate (Dutilleux) Toccata (S-Saens) Seux Valses-Caprices (Schubert)" (INA : IMV063)
Monique De La Bruchollerie (piano)
ハイドンももーちゃるとも敵性音楽と公言して憚らないこのあっしが,かくも独尽くしなCDの軍門に下るのには訳がありまして。某HMVサイトを眺めておりましたら,本盤に収められたデュティーユのソナタを「超絶が冴え渡りテンペラメント溢れる(←日本語として変)」と誉めてる御仁がいるじゃあ〜りませんか。あっしがサイコーと信じて疑わないジロ女史を差しおいて!これは許せん毒味する必要がある・・というわけで,こうして独陣営の懐深く遠征したわけです。奏者のブルショルリー女史はしかし,お名前からもお察しの通り1915年生まれの仏人。イシドール・フィリップやコルトーに師事するいっぽう,独襖へも留学。ウィーンではリストの高弟ザウアーに,ベルリンではショパンの孫弟子フォン・コチャルスキに学び,第三回ショパン・コンクールでは7位入賞を果たしました。本盤は1959〜1962年にパリで録音されたライブ音源三種を併録。冒頭のハイドンやもっちゃるとを聴くに,なるほど仏人らしい軽妙さと溌剌感を備えた運指技巧は大いに魅力的。それはデュティーユのソナタでも充分聴くことができ,異様に粒の立つ第一楽章の,コロコロ・コミックぶりには刮目しました。ただなあ,ジロの刷り込みが強烈すぎるからなのか,全体にアゴーギクとデュナーミク過多。曲解釈が仰々しく硬く響いてしまう。第三楽章の展開部はそれが顕著で,中半のクライマックスへ向け,持てる情念と技巧の全てが凝縮されていくジロの,あの悪魔的なカタルシスが感じられない。技巧的には遙かに上手いワグシャルよりも,オグドンの武骨な『幻影』が,遙かに妖しい輝きを放ってしまうのと同じ理由で,本録音は次点に留まると言わざるを得ませんでした。尤も本盤を,デュティーユ目的で買う人なんて他におらんでしょう。一般には,大変お薦めできる録音と思います。★★★★








Recommends


David Gordon Trio "Angel Feet" (Zah Zah : ZZCD 9819)
@angel feet Athe alchemist and the catflap BEnglish isobars CI remember you Dbebop tango EFrancesco's rhumba Fpavanne tombeau Gsnakes and ladders Hgood morning heartache Ivoyage
David Gordon (p) Ole Rasmussen (b) Paul Cavaciuti (ds)
テオ・トラヴィスのグループで脇役を務めて知名度を上げたピアノはギルドホール音大卒で,ハープシコードを弾き古楽も嗜む知性派。リスペクタブル・グルーヴという,古楽とジャズの折衷音楽ユニットを率いるほか,ズームなるタンゴ・ユニットに楽曲提供もする変わり種です。本盤収録のAは,元々2000年の全英・アイルランド作曲コンペ(UK & Eire Composition Platform)優勝曲で,ヴァイオリンとピアノのために書かれた小品だそうな。2002年録音の本盤は,トリオとしては三枚目。デビュー作の乾燥系パラパラ奏法を前進させて成果を挙げていた前作に比して,本盤は良くも悪くもビートがシャッフルして恰幅が増し,耳当たりがウェットになりました。ピアノはごく僅かミスタッチが出るようになり,急速調で時折走りすぎるなど,技巧に微かな翳りが見え隠れするようになった模様。恐らく気づく人もほとんどいないレベルで,気になるほどのものではありませんけれど,或いはご本人,若さに任せたメカニカルな技巧派から,より奥行きのある成熟したピアニストへの脱皮を図ったのかも知れない。冒頭を飾るグルーヴィな@に聴ける,隙間を充分にとった即興や,意外性をたっぷり含むリハモが効果を挙げるHなどでは,三者が巧妙に下駄を預けあい,トリオの相互供応を深めることに成功しておりましょう。ただ,三位一体のグループ表現のベクトルと,作編曲家として鳴らすリーダーのアイデンティティは,齟齬をもたらす諸刃の剣。中盤のタンゴやルンバに象徴される欲目が,新たに生まれつつあるグループとしての美点とやや相剋しているのは,少し勿体ないですか。要はひとつの過渡期なんでしょう。どちらの方向性に軌道修正するのか,2007年に出たらしい次作を聴けばはっきりしてくるんじゃないでしょうか。★★★★☆
Ted Quinlan "As If" (Page Music : UTY 157)
@happenstance Apetroglyph Bas if Cnot of this world DBernard Ehuron blue Fbricks and bones Gsuccess Hdrift
Ted Quinlan (g) Dave Restivo (p) Phil Dwyer (sax) Kieran Overs (b) Ted Warren (ds)
カナダといえばいつもの2人が,リズム隊に名を連ねているのを見つけて拾った本盤は,モントリオール出身の中堅ギタリストが1997年に発表した,管見の限り唯一のリーダー作。本職はハンター・カレッジのギター学科長で,活動の多くは脇役稼業のようです。寡欲なのか,本業がお忙しいのか,録音で名前を見かけることもほとんど無い彼。しかしその実バークレー音楽院卒で,ジョーイ・デフランチェスコやジミー・スミス,エディ・ハリスの脇を固め,1997年には(恐らく本盤の発表で)ジャズ・リポート・アワードの最優秀ギタリスト賞を受賞。翌年のジュノー賞にもノミネートされた実力者。中身も,僅か一枚の録音が信じられないほどに芸達者でした。名だたるオルガン奏者の脇を固めてきた実績が物語るとおり,音楽性の核に居るのは,アイドルのウエス・モンゴメリーやケニー・バレル。それでいて,コンテンポラリーな@やAではメセニーを,北欧風のジャズ・ロックBやCではフリゼールを,ブルース臭濃いD以降はジョンスコやパット・マルティーノを,それぞれ器用に取り込んで,違和感なく音楽にする。いかにも脇役稼業で食ってきた苦労人らしい,広い芸幅の全天候型ジャズ・ロック作といえましょう。欲をいえば,相変わらず少しバタつく太鼓や,僅かに小粒なサックスなどが,合奏全体を幾分小さくしていることと,器用さを求められる稼業ゆえに彼独自の音楽性がやや見えにくいことでしょうが,作編曲も含めて非常に音楽的教養の高いミュージシャンだなと感心しました。その後,日本はもちろん本国でも浮かばれていないようで,リーダー作皆無。非常に勿体ないと思います。心ある業界の方は,数年に一枚でもいい,録音してあげて欲しいと願って止みません。★★★★☆
Tigran Hamasyan "World Passion" (Nocturne : NTCD394)
@world passion Awhat does your heart want Bthese houses Cpart 1: the fruit of the truth Dpart 2: eternity Ethe rain is coming Fmother's lament Gfronsen feet Hwhat is this thing called love Inative land
Tigran Hamasyan (p, ep) Rouben Harutyunyan (duruk, zuma) Ben Wendel (ss, ts) François Moutin (b) Ari Hoenig (ds)
リーダーは1987年ギュムリ生まれのアルメニア人。南カリフォルニア大学へ留学したのちプロ入りし,ロスを拠点に活動している模様です。第三回イェレヴァン国際ジャズ祭で知遇を得たステファヌ・コショヤンの招きで渡仏。2002年に出場したソラール国際ジャズ・コンペ第三位を皮切りに,2003年にはジャズ・ア・ジュアン・コンクールとモントルー・ジャズ・ピアノ・コンペで,2005年にはモスクワ国際とモナコ・ジャズ・ソリスト国際で連続優勝。2006年にはモンク・コンペでも優勝し,一躍時の人となりました。本盤は,彼が日の出の勢いにあった2004年に発表したデビュー作。ムタン兄弟のお眼鏡に適うのも道理,演奏技量は非常に高水準。自作の凝った変拍子チューンにも軽々対応。淀みなく繰り出される運指技巧には感嘆しました。欧州人らしくずっと端正ではあるものの,ピアノ弾きとしてのルーツはハービー周辺。同じフランスの鬼才ベトマンやロシュマンから,世紀末的頽廃を抜いたような,オーソドックスな変拍子ジャズになっている。エレピやキーボードを臆せず使うのも,憧れの人の影響でしょう。総合音楽家として一段上に行きたい欲目からやや作編曲過多となり,消化不良と空々しさが付いて回った第二作に比して,本盤では驚異の新人ぶりをアピールすべく,プレーヤーとして真っ向勝負。二作目よりは見通しよく,清々しい。一聴それと分かる作編曲のキャラなんて所詮十分条件。滲み出るまで待てば良いだけのこと。自分の身の丈にあった音楽で充分いいものが作れる彼に,ちぐはぐさを生むだけの不毛な背伸びは不要でしょう。★★★★☆
Sadik Hakim Trio "Witches, Goblins, etc." (Steeplechase-VideoArts : VACZ-1095)
@moon in aquarius Awitches, goblins, etc. Bour bossa nova Cno more Sue Dportrait of cousin Micky EBooger's dilemma Fpeace of mind Gsay what you mean Hpeace of mind: take 3 IBooger's dilemma: take 4
Sadik Hakim (p) Errol Walters (b) Al Foster (ds)
長年,買いそびれたのを後悔していたサディク・ハキムの,恐らくリーダーとしては『リサージェンス』と並んで初か,二枚目の吹き込みにあたる本盤が,ティエリー・ラングの新録やエンリコ,ダグ・アルネセンの再発で一山当てたビデオアーツから再発。同社のサイト上にも情報がないんですけど,どうやらスティープルチェイスの版権を買った模様。他にテテ・モントリューやジョー・ボナー辺りの,かなりオタ向けの旧譜まで手広く再プレスしてくれたようです。ありがたや。ジャケットを見る限り,どうにも風采の上がらないこのおっさん,実はパーカー隆盛期に一時伴奏者を勤めたこともある御仁。同じくスティープルチェイスで再評価されたジョー・オーバニーやデューク・ジョーダンと同様,時代がモード期に入ると浮かばれなくなり,海向こうに渡って糊口を凌ぐことになりました。1970年代に入り,彼らに再評価の光を当てたのが,ニルス・ウィンターの主宰するスティープル。少ないながら,一応絶頂期にリーダー作を吹き込めている他の二人に比して,ハキムさんが本リーダー作をものにできたのは1977年。御年55才になってからでした。彼がどれだけこの録音に意欲的に取り組んだかは,全曲オリジナルの意匠からも明らか。デューク・ジョーダンとタッド・ダメロンとを足して二で割ったようなメロディックさをたたえ,実に良く書けている。何分にもお年。技巧は舌足らずではあります。しかし,同時期のバリー・ハリス風のゴリッとした右手と,ハンク・ジョーンズに惚れ込んだビ・バッパーらしい厚めのコード感が実に良くバランスする。改めて,バップ・リバイバルにこのレーベルの果たした役割の大きさを感じさせる一枚と言えましょう。お薦めです。★★★★☆
Maria Schneider Orchestra "Allégresse" (ArtistShare: 0005)
@hang gliding Anocturne Ballégresse Cdissolution Djourney home Esea of tranquility
Maria Schneider (cond) Tim Ries, Charles Pillow, Rich Perry, Rick Margizta, Scott Robinson (reeds, fl) Tony Kadleck, Greg Gisbert, Laurie Frink, Ingrid Jensen, Dave Ballou (tp, flh) Keith O'Quinn, Rock Ciccarone, Larry Farrell (tb) George Flynn (tb, tba) Ben Monder (g) Frank Kimbrough (p) Tony Scherr (b) Tim Horner (ds) Jeff Ballad (per)
ひと頃はどうにも入手不能となっていたマリア・シュナイダーのエンヤ時代の作品群が,昨年頃から一挙に復刻。2000年に出た第三作も,復刻でめでたく入手できました。1960年ミネソタ州ウィンダム出身の彼女は,ミネソタ大学,マイアミ大学,イーストマン校を経て1985年にニューヨークへ進出。作曲法をボブ・ブルックマイヤーに師事したのちギル・エヴァンスのアシスタントとなり,薫陶を得た女流作編曲家。楽団の結成は1993年で,グリニッジ・ヴィレッジのクラブ『ヴィジョンズ』から来た月曜コンサートの依頼がきっかけだったそうな。翌年のデビュー作『エヴァネッセンス』のグラミー賞二部門ノミネートで,その評価を高めることになります。2000年発表の本盤は,エンヤ時代の掉尾を飾る第三作。グラミー賞ノミネートのほか,タイム誌とビルボード誌のジャズ部門で年間トップ10アルバムにも選定。師匠二人の薫陶を得た細密画のような管配置の妙と,彼らにはない女性的なロマンティシズムの醸し出すデリカシーが,彼女の持ち味。13分を超える大曲@はクライマックスというべきもので,聴くたびに涙腺緩みっぱなし。入り組んだ転調があやなす長大な主題は,ドラマチックかつ繊細。加えてリック・マーギッツァのソロの素晴らしさ。これ一曲を聴いただけでも購入した甲斐があったというものです。ちなみに本盤,再発できたのは,芸術が売れない現代のアーティストを支えようと,2003年に発足したアーティストシェア・システム(ファンによる直接融資・購買システム)の福音。同システムの協賛第一号だった彼女が,いち早く2005年にグラミー賞を受賞し,「史上初めて,ネットからの直接購入のみで販売されたアルバムの受賞」のふれ込みを提供しなかったら,このシステムは今ほど注目されなかったことでしょう。★★★★☆
Arturo Sandoval "Swingin' " (GRP : GRD-9846)
@moontrane Aswingin' Bmoments notice Cstreets of desire Dreal mcbop Eweirdfun FDizzy's atmosphere Greflection HWoody Iit never gets old Jmack the knife
Arturo Sandoval, Clark Telly (tp) Ed Calle, Michael Brecker (ts) Dana Teboe (tb) Joey Calderazzo (p) John Patituzzi (b) Greg Hutchinson (ds) Mike Stern (g) Eddie Daniels (cl)
リーダーは1949年,キューバはハバナ州のアルテミサ出身。12才で既に地元のバンドで演奏していたほど早熟。1964年にキューバ国立芸術院へ進み,3年間クラシックを専攻。キューバ近代音楽オーケストラの団員と軍楽隊の二足の草鞋を履いて徴兵をやり過ごしたのち,1973年にパキート・デリヴェラ,チューチョ・ヴァルデスらと【イラケレ】を結成し,1978年のニューポート・ジャズ祭に殴り込み。国際的な知名度を獲得し,コロムビアと契約するに至りました。その後1990年に本格渡米。1999年には市民権。ただ,入手平易なメジャー・レーベルからストレートなジャズ作を出すようになったのが,肉体年齢のピークにあった30代からやや遅れたのは惜しかったですねえ。渡米後は一年に二三枚の驚異的なペースで録音。1996年に本盤が出るまでのわずか5年ほどで,リーダー作ははや11枚目を数えていました。Fで臆面もなくアイドルの楽曲を演奏する彼のラッパは,素晴らしく闊達な運指とリップ・コントロール,そして高い音圧が幸福に和合。ハバードやギレスピーが後年そうなったように,やや肉詰め風の苦しげな響きが音に乗るものの,その辺のラッパ吹きは軽々と上回る,ハイトーンかつ大排気量の技巧でもりもりと吹く。闊達な技量と歌心に感嘆しました。幸運にも,豪腕ミュージシャンがずらり集結。演奏が屈強なのも価値を高めている。特にリズム隊の安定感は素晴らしいです。フロント,特にテナーが弱いのは若干気になるものの,嫌味なラテン臭も控えめで,ストレートアヘッドなハードバップになっているのでは。スター揃いのブローイングセッションとしてお薦めです。★★★★☆
Marcin Wasilewski Trio "January" (ECM : 2019)
@the first touch Aviginette Bcinema paradiso Cdiamonds and pearls Dballadyna Eking korn Fthe cat Gjanuary Hthe young and cinema Inew york 2007
Marcin Wasilewski (p) Slawomir Kurkiewicz (b) Michal Miskiewicz (ds)
シンプル・アコースティック・トリオ時代から鉄壁の布陣を誇る三人は,もともと高校時代の同窓生。2002年,トーマス・スタンコに見初められ,彼のカルテットのサイドメンで吹き込み。これが契機となって,2005年にはECMでの初リーダー作『トリオ』の発表にこぎ着けました。第二作となる本盤も,基本的には前作の延長線上。音数をぐっと減らし,情感の起伏を抑えた,淡泊なキース・ジャレットですか。隙間を目一杯とり,ぽつりぽつりと紡がれるアブストラクトな右手の単旋律に,凝った和声がためらいながら絡みつき,伏し目がちで静謐な北欧ジャズの相貌が形づくられていきます。先行する『ハバネラ』や『トリオ』でもいかんなく発揮された,リーダーの作曲力の手腕は,本盤でも健在。終盤の自作曲に漂う,荒涼とした白夜の如き物憂さには思わず陶然となりました。ただ,残念ながらその一方,他人の曲を集めた前半は,さすがにちょっと手を広げすぎのきらいも。原曲と比べるからだといえばそれまでですが,キースの憑かれたようなピアノで聴けるAにしろ,後ろ髪を引かれそうな感傷性をもつBにしろ,淡泊なアレンジメントと平坦な相互供応で原曲のもつ美点が綺麗に死んでしまい,それを補うだけのものが生まれていないのは残念。自作と他人の楽曲とで,世界観の分離が起きてしまい,ややまとまりも悪くなってしまっているのは勿体ないなあと思います。★★★★
Joe Bonner and Johnny Dyani "Suburban Fantasies" (Steeplechase-VideoArts : VACZ-1113)
@suburban fantasies Athe walk street BCopenhagen revisited Cblues for Nick Dsoap opera Ewe will be together Fthe year of the child
Joe Bonner (p) Johnny Dyani (b)
ゴスペルやブルースを消化した上に,マッコイ直系のモード奏法が乗る。小型マッコイ一派の最右翼がこの人。ジョー・ボナーです。1960年に奨学金を得てバージニア州立大に進んだ当時は,チューバを専攻。卒業後22才でニューヨークへ出て,マックス・ローチと知遇を得,ケニー・バロンの後任としてフレディ・ハバードのバンドへ加入。1970年代にはファラオ・サンダースのもとで8枚を録音。名を挙げました。サド=メル楽団の一員として楽遊した先のコペンハーゲンに定住。録音の大半はスティープルチェイスで行うことになります。1983年録音の本盤もまさにその福音。トレモロ満載のマッコイ奏法をベースにしつつも,ファラオ直系のスピリチュアルネスと,ゴスペル・フィーリングを援用。技巧的に及ばない分を,メロディアスさと自作のオセンチさでカバーしつつ,ゴリゴリと弾く。その名も『コペンハーゲンの印象』と題するリーダー作があり,本盤でもBにその名が付くなど,殊の外コペンハーゲンが好きなボナーさん。しかしその最大の理由が,「当時,ペデルセンを筆頭に,腕の良いベーシストが最も多かったから」だったというのはご存じでしょうか。本家と違い,ボナーに思いの外二重奏録音が多いのも,ベースへの偏愛ぶりを表しておりましょう。1983年に出た本盤も好個の例で,ダラー・ブランドと仕事をしている南ア出身のベーシストと二重奏。お世辞にもピッチやタイム感が良いとは思えない共演者はしかし,ペデルセンにはない泥臭さをねっとり描出。ボナーに良く合っている。1948年生まれのボナーは当時34才。体臭ムンムンで奮闘。一本調子といえば確かにそうなんですが,黒い二人の相互供応で,あの時代のおどろおどろしさだけは充分に感じられる一枚です。★★★★
Charles Blenzig "It's About Time" (Double Time : DTRCD 189)
@it's about time Asome things take time Bit's all good Cthe time we've shared D2/99 Etime to move on Fyou and the night and the music Gwaltz for Julia His there time for one more?
Charles Blenzig (p) Tim Hagens (tp) Greg Tardy, Marcus Strickland (ts) Sean Conly (b) Billy Kilson (ds)
ニューヨークを拠点に活動するチャールズ・ブレンツィヒは,ブロンクス生まれの地元っ子。1980年代にギル・エヴァンスがスイート・ベイジルで持っていたマンディ・ナイト・オーケストラに抜擢されてジョージ・アダムスやハイラム・ブロックらと知遇を得,1990年にマイケル・フランクスのバック・バンドへ加入。その後は,ジャズとフュージョンを股に掛けた鍵盤弾きとして活躍する傍ら,ニューヨーク州立大パーチェス校の講師として教鞭を執っているようです。彼の存在を認知したのは,1997年に出たトリオ作『サートゥン・スタンダーズ』。良いアルバムではあったものの,いかにもキーボード奏者らしいペラペラした運指が鼻につき,それきり死蔵しておりました。本盤は同盤に続くリーダー第4作。6年を経て良い意味でこなれ,身の程を良く弁えた音楽になっていて頬が緩みます。前作のように自分が前へ出る愚は避け,三管を加えてアンサンブルを重視。お弟子筋と思しきフロントに下駄を預け,おのが美点の作曲力を生かしつつ,ピアノの扁平さも相殺。音楽的なバランスを取ろうとしたのでしょう。1970年代風の電化ファンクユニット【BKグルーヴ】を率いるドラムのキルソン,フリー畑で活躍するコンリーと,フュージョン畑の自分が合体。リズム隊がこれでは,オーソドックスな4拍バンドにはなりようもありませんけれど,主流派寄りのフロントが奏でるバピッシュなリフと,ピアノのモーダルなコード進行が,4拍乗りに頓着しないリズム隊と絡み,ブレッカー・ブラザーズ風の今風ポスト・バップになってます。作曲力は高く,さすがは鍵盤奏者。それだけに,録音がやや貧相で,リズム隊がじゃじゃ馬過ぎるのは残念。後ろの刎ね過ぎでアンサンブルの落ち着きが悪くなっている。それでも,曲者が多い割には楽曲もソロも良好で,出来は良好と思います。★★★★
Stanley Cowell Trio "Bright Passion" (SteepleChase-Videoarts : VACZ-1093)
@brilliant circles Abright passion Bdave's chant#2 Cround about midnight Dla danse EI'll always love you, my brother Fpiano concerto No.1: tribute to Tatum Gpiano concerto No.1: serenity Hpiano concerto No.1: Cal Massey
Stanley Cowell (p) Cheyney Thomas (b) Wardell Thomas (ds)
テイタム紛いのストライド奏法からモード,フリー・フォームまでこなす芸幅の広さと,周到な作編曲。そして,黒い熱情と知性が危うく均衡した技巧。1960年代の終わりに,『ブルース・フォー・ベトコン』,『ブリリアント・サークル』で世に出てきた当時のスタンリー・カウエルときたら,それはもう輝いておりました。しかし1980年代に入ると,その幅広い教養を買われて教育者としての活動が中心になり,録音は一気に減ってしまいます。彼がまた,リーダー作を発表するようになったのは1990年代に入って以降のこと。かつてバップ・リバイバルに一役買ったスティープルチェイスが,再度スポットライトを当ててのことでした。実は恥ずかしい話,復帰後のカウエルを,あっしはほとんど聴いておりませんで。僅かな例外はDIWから出た『ウィ・スリー』くらい。それが凡庸だったのもあり,すっかりカウエルに興味を失っておりました。1993年に発表された本トリオ盤もまた,復帰後の作。旧作中心とはいえ,スタンダード1曲と朋友の1曲を除いて全曲が自作。意欲的といえば意欲的なのに,なぜか出てくる音は画竜点睛を欠いてしまう。まず兄弟らしきリズム隊がとにかく無表情。淡々と譜面をなぞるだけの伴奏のせいで,意匠の頭でっかちさが目立つ結果に。御大相手で萎縮したんでしょうか。伴奏だけで演奏の三分の二くらいは死んでしまいます。仕方ないとはいえ,カウエルも良い意味で好々爺然としてしまい,大きな魅力であったフレッシュでピリピリした緊張感はなくなってしまいました。出来は良い,けれどどことなく魂の抜けた,物足りないトリオ作ですねえ。★★★★
Jeff Colella Trio "Alone Together" (Sea Breeze : SB-3060)
@skylark AOz's dream / alone together / Bailey's lament Bre: person I knew Clet's get lost Dimpressions Eit could happen to you FHaitian marketplace Gleaving HI've grown accustomed to her face
Jeff Colella (p) Trey Henry (b) Kendall Kay (ds)
1997年に出た初リーダー作『レッティング・ゴー』で爽やかな印象を残したロスの小粒なエヴァンス派,ジェフ・コレラさん。いつの間にか2枚目を出していたようです。その趣味の良いピアノが物語るとおり,彼はルー・ロウルズの歌伴を12年間に渡って務めた歌伴ピアニスト。また,1979年に結成されたタップダンスとジャズの融合ユニット【ジャズ・タップ・アンサンブル】のメンバーとして,1983年から1990年までの7年間活動するなど,芸歴のほとんどは裏方。本盤を出した後も,ジュディ・ウェクスラーやジャック・ジョーンズ,ジョン・ヴァンスといったロサンゼルス周辺の歌手の歌伴やアレンジメントで,生計を立てているようです。本盤は2002年に発表されたリーダー第二作。前作でベースを弾いたエリック・フォン・エッセンが録音後間もなく他界したのに伴って,ベーシストが交代している以外には,中身も含めてほとんど変化なし。線の細いタッチと,単音中心の訥々とした右手のアドリブ・ラインはデイヴ・ペック風ながら,コレラのピアノはもっと線が細く硬質で,言うなればポール・ブレイっぽい。破綻はないものの,主役としては間が持たない面がなきにしもあらず。この辺りが,歌伴専業ピアニストの哀しい限界なのかも知れません。しかし,自分の技量と限界を熟知し,歩幅を守って全く無理をしない。丁寧なアレンジと,訥々歌うピアノで,小さな美点の明かりを灯す,燻し銀の録音といえましょう。★★★★
Lee Konitz and Hal Galper "Windows" (SteepleChase-Videoarts : VACZ-1118)
@I'm getting sentimental over you Awindows Bvillainesque Csweet and lovely DStella by starlight Egoodbye Fsolar Gsoliloquy Hsoftly as in a morning sunrise Isolar: take 1 JStella by starlight: take 1 Kwindows: take 2 Lsweet and lovely: take 1
Lee Konitz (alto saxophone) Hal Galper (piano)
同じようにトリスターノ門下の優等生から出発しながら,趣旨替えして軟化したゲッツとコニッツが,ウォーン・マーシュやテッド・ブラウンなどより,よっぽど知名度の点で生き残ったのは面白いですねえ。結局,ジャズにはある程度のオープンな寛容さと懐の深さが必要ということなんでしょう。1970年代ごろから精力的に新主流派的な面々とも交流し,二重奏盤もちょくちょく出すようになったリー・コニッツ。こんな他流試合もやってたとは知りませんでした。相手は,絡め手の少ない猪突猛進型のモード・ピアノであり,そのくせ本家よりも遙かに小粒だったハル・ギャルパー。小型マッコイという形容は些か乱暴かも知れないものの,右手のトレモロと左手のガンガンコードがギャルパーの流儀。ガツンガツンと拍節に白黒をつける彼が伴奏で上手くいくんかいな?との危惧は,半分くらいは当たってしまった模様。ソフトでハスキーなコニッツが相手でも,おかまいなしにマッコイ奏法で押してくるギャルパーは,アタックが強すぎて行間の情緒を殺してしまいます。コニッツもつい,後期ペッパー風のハードなソロを。ギャルパーがもっと間と単音を上手く使って,コニッツに豊かな含みと陰影を提供できるピアノ弾きだったら,もう少し歯車の噛み合った合奏が生まれたでしょう。相性の良くない二人が組んじゃったなあ・・との印象は拭えませんでした。★★★★
Tim Lyddon "Shades of People" (Essence : 7466-3 CD)
@shades of people Aafter you've gone BI'm old fashioned Call the things you are Dmeditation #1 Esomewhere Fwave GI remember you Himpromptu and fantasy
Tim Lyddon (p) Tom Hubbard (b) Scott Latzky (ds)
実はこの三月から,人知れず都内に潜伏しているティムさん。ファンが群がる巨人と違って,来ることすら認知されていなかった彼には,接触する人も疎らなことでしょう。一介のジャズ好きに過ぎない私が,判官半分とはいえ贔屓の演奏家とべったりご一緒することができ,すっかり懇意になってしまいました。2003年発表の本第二作まで拝受。ティムさんありがとう。自作中心の前作に対し,本盤は3曲を除いてスタンダードで構成。「メロディは12の音でしか作れないが,和声なら幾らでも音を膨らませることができるだろ」。そんな言葉に違わず,彼の和声フェチぶりが色濃く反映されてます。ただ,本盤はこの構成がやや裏目に出た印象。三曲の自作に持てるフェティシズムが凝縮されてしまい,懲りすぎに。トリオの表現力が追いつかず,輪郭が著しく掴みにくいものになっている。Dなんて,本当はかなりの佳曲のはずなのに。一方スタンダードでは,前作とは風合いの異なるきびきびビート。しかし,これがまた裏目に出てしまう。技巧的に決して闊達ではない彼は,運指のリズムや指圧のコントロールも甘め。かっちり拍動で明快さを装うと,却って間が持たなく聞こえてしまいます。もっとリズムの輪郭を柔らかくし,音数を減らしてデリカシーで勝負するほうが,美点であるタッチの軽やかさや和声の繊細さも出ると思うがなあ。前作で言えば「ドリームランド」のあのふんわり感と移調感覚こそ彼の美点なのでは。で,新宿の歩行者天国で雑踏に立ちつくす彼に,この情景を曲に託して次回作に入れて?だの,アンタはデュオの方が向いてるから次は二重奏にしたら?だの,言いたい放題言いまくる小男,汝の名はぷ〜ならん。★★★★
Torbjörn Gulz "Torbjörn Gulz Trio" (Moseroble : m.m.p CD 027)
@tissto Athe green man under the bridge B1128 Cvilse i förorten Dtenderly Epeace Fspelman från råssbyn Gstilla Hsomeday my prince will come Ipoém languide, op.52/3 Jthe peacocks
Torbjörn Gulz (p) Mattias Welin (b) Jonas Holgersson (ds)
ジャネット・リンドストレムの可愛らしい嬌態が印象に残る佳作『アナザー・カントリー』で,涼しげなピアノを弾いて印象を残したトービョルン・グルツは,1965年ヴェーネルスボリ生まれ。2005年にようやく本盤でデビューを果たしました。彼の名前が一般に浸透したのは,ラッパのマグヌス・ブローと組んで仲良く吹き込んだ【アトミック】名義の尖鋭ジャズ作品群。本盤は同ユニットのリズム隊がそのまんま顔を揃えて吹き込んだ体裁になっている。レーベルも同じなだけに嫌な予感最高潮。しかし,中身は意外なほどにオーソドックスでした。意外性たっぷりのリハモが心憎い「いつか王子様」に,オーソドックスな「ザ・ピーコックス」の独奏。Cではやや輪郭崩れ気味のストライド奏法まで。歌伴稼業も頷ける幅の広さと,小さいながら自分の分をしっかり弁えた堅実なピアニズムに頬が緩みます。全体にやや散漫ながら,決して悪いトリオ盤ではありません。それだけに惜しいのは,テクニックが今ひとつ小粒なことですか。サイドメンで弾いてるときはさほど気になりませんでしたが,主役ともなれば誤魔化しは利きません。メカニカルな筆致のアップ・チューンBで,メルドーよろしくパラパラ弾きをすると,技量不足が覆いようもなく露呈してしまいます。本盤に関しては,むしろ共演者の好演が目立つ。特に,タイトなシンバルと乾いた小太鼓で軽やかかつソリッドに煽る太鼓のホルガーソンは上手いですねえ。軽量級で手数が多い人でもないですが,タイトなビートを繰り出せる堅実な仕事師。吹き込みが増えて欲しい。★★★★



Other Discs

Joona Toivanen Trio "Frost" (EMI : 0946 352099 2 1)
@uikù Afrost Bwinged escape Cmorning mist Dgentle lady EPoseidon Fvocalise Gmemory of a friend
Joona Toivanen (p) Tapani Toivanen (b) Olavi Louhivuori (ds)
デビュー盤が澤野商会の目に留まり,一躍有名になったフィンランド人ピアノ弾き。その後,いつの間にやらトリオ・トゥケアット同様,ブルーノート録音アーティストになったご様子。2006年に発表した第二作から4年振りに出たもので,トリオの第三作にあたります。澤野盤ではメロディックでいて北欧風情も程良く絡まった甘美な作曲力が印象に残った彼ら。ところが,しばらく聴かないうちに随分地味になってしまってびっくり。全体に8ビート,16ビートを多用。スイング感のないジャズ・ロック的なリズムに依拠します。ジャズ・ロックで成功したスヴェンソンのトリオやレディオヘッドの絡んだジャズ(メルドー君周辺)が頭にあったのかも知れない。しかし,スヴェンソンはフォークの,レディオヘッド讃美組はアンビエントな和声進行のアピールポイントを持っていたから,モノトーンのビートとの間にコントラストができるのです。対する本トリオは,単調なビートの上に,2,3種類のコードの反復ばかりが目立つ単調かつ短調な楽曲が乗るもんですから,とにかく鬱々と起伏に乏しく,覇気のない音楽になってしまう。演奏のレベルは決して低くないだけに,一枚目とは比べものにならない意匠面の貧弱さは何か勘違いをしたとしか思えず,勿体ないの一語。時流に惑うことなく,自分たちの身の丈に合った音楽を目指して欲しいですねえ。ちなみに本盤,いまいましくも今さらのCCCD。さすが殿様商売のEMIだ。「複製禁止の意思表示をする」ことで建前上複製の許諾を求めせしめること以外の意味を失っているCCCDをまだやりますか。2曲目,音が飛び再生できませんでした。こういう商品を企画した担当者や音楽家は氏んでいただきたいです,ホント。★★★☆
Mathias Landæus "Goes a Long Long Way" (Moserobie : MMPCD057)
@stinky Abrautigan Bnykvist rock Cdon't tell your friends Dhorn rimmed tune Ea little sucking goes a long long way Fstart and stop, stop and start Ggodbye Stockholm Hscience fiction
Mathias landæus (p, synth) Karl-Martin Almqvist (ts, cl, fl) Flip Augstson (b) Sebastian Voegler (ds) Ola Bothzén (perc)
2003年の3枚目『ハウス・オブ・アプロキシメーション』辺りから,見る見るうちに妙な路線へとシフトしつつあるマティアス・ランデウス。そういえば1992年にマンネス・カレッジへ留学した際,彼がリッチー・バイラークとともに師事したのは,ジャキ・バイヤードだったなと妙なところで感心したり。2007年に録音された本盤では,レーベルもマグヌス・ブロー周辺の強面がたむろするモゼロビーに移籍。1970年代キース風の垢抜けしないパーカッションに,わざとプリペアド仕様にして音を歪ませたアップライト風のピアノをぶつけ,FM周波ノイズ風のモノシンセやテープ・エコーをミックス。エスビョルン・スヴェンソンを意識したかのような,サイケでフォーキーなジャズ・ロックを演奏しています。2003年のやつよりはいくぶん落ち着いたものの,もはや初期の審美的な北欧ジャズ・ピアニストの面影はすっかり希薄になってしまいました。サイドメンは全員,デビュー作からの付き合い。それぞれに余所のバンドで活躍する腕利き揃いで,演奏レベルが低かろう筈はありません。で,本盤を評価するかどうかは,もはやジャズに何を期待するかの問題でしょうねえ。8ビートにチープなシンセやパーカッションが絡むサイケ調の音が,近未来のジャズ・ロックとして面白く聞こえるという方の耳には,こういうのも評価に値するカッコつきの「新しい音」なのかも知れません。私には縁のない音ですけど。★★★★
Incognito "Life, Stranger than Fiction" (Talkin' Loud : 586 085-2)
@stay mine Abring you down Bslow down Cskin on my skin Dcut it loose Ethere will come a day Fcastles in the air Ggot to know Hreach out Irivers rinnin' black Jon the road, pt 1 Kon the road, pt.2
Jean-Paul Maunick (g) Sarah Brown, Dianna Joseph, Kelli Sae, Xavier Barnett (vo) Graham Harvey, Ski, Jim Watsonm, Gary Sanctuary (key) Julian Crampton (b) Alex Rizzo, Daniel Maunick (d-prg) Diminic Slover (tp) Fayyaz Virji (tb) Ed Jones, Chris Demargary (sax) et al.
1990年代前半のアシッド・ジャズ・ムーブメントを牽引したインコグニートは,1981年の結成。アルバム『ジャズ・ファンク』がハービーに乗り遅れること数年,以降10年間,冷や飯を食うことになります。ブルーアイド・ソウル〜ハウス隆盛の流れで,再び好機が訪れたのは1991年。今度は見事に波乗り成功。本国よりも日本でもてはやされたのは計算外だったかも知れないものの,1990年代前半は,本国のポップ・チャートでもトップ20圏内に二曲を送り込みました。1996年の『ビニース・ザ・サーフィス』以降は,徐々に出来映えに翳りが見え始めていた彼らの,本盤は2001年に出た8枚目。残念ながら一曲もチャートインできなかったようです。もともとポップス界からみれば,アシッドジャズはコアな立ち位置。ヒットで全てが計れるわけでもないでしょうが,チャートは正直です。僅か数年で,すっかりもう出涸らしに。出てくるアイデアが全て過去の焼き直し。陳腐以外の何ものでもありません。生命線ともいえるキャッチーさはすっかり薄まってしまい,以前なら4小節で提示できたアイデアに16小節掛け,希釈して提示している。曲の密度は当然の如く薄くなり,反復コードの怠惰な進行が増え,聴後感も地味。なまじバンドの質がむしろ良くなり,機材も往時より向上しているせいで,彼らは一層,アレンジや機材音に寄り掛かってしまう。日本では充分に一世を風靡。歴史的役割は果たした彼ら。もう充分でしょう。枯れた創造の泉に水が戻るまで,少し休まれた方がいいんじゃないかと思いますが・・関係者の生活を考えるとそれも思うに任せないんでしょう。不幸なことだ。こうしてブルーイ氏もまた,精も根も尽き果てるまで,水脈を吸い取られてゆくのです。★☆






脱稿:2009年4月26日 18:31:00

編集後記

すっかり御無沙汰してしまいました。
まことに慚愧に堪えません・・。
月報に湯水の如く時間をつぎ込めたのも,今は昔だなあ・・。





大型連休を前になんて素敵なニュースw

「感染拡大防止は難しい」−米CDC 豚インフル、米国で拡大するおそれ
【ニューヨーク24日内藤毅】メキシコの首都メキシコ・シティなどで感染者が相次いでいる豚インフルエンザに対し、米疾病対策センター(CDC)は24日、米メディアに対する記者会見を行った。同局は、米国内でも感染拡大が迫っており、すでに防止することが難しい段階に入っていると語った。

この日、CDCのリチャード・ベッサー局長代理は、メディアにカリフォルニアとテキサスで
発見された8人の豚インフルエンザ感染に対し、メキシコと同じく人から人への感染である可能性が高いと語り、「懸念が拡大している」と述べた。

今回、発見されたインフルエンザ・ウイルスは、鳥と豚、ヒトのインフルエンザ・ウイルスが混合した新種。鳥インフルの遺伝子特性は北米大陸で、豚インフルは北米やヨーロッパ、アジアなどで広く見られるウイルスの特性を持っていると言う。

CDCは予防ワクチンを国内に配布する準備も進めているが、すでに感染爆発が起こる下地ができている可能性もある。備蓄してあるワクチンも今回の豚インフルに特化したものではなく、「遺伝子が適合する」株であるため、どれだけ効果があるか分からない状況だ。ベッサー氏は、「(予防接種や隔離などによる)感染拡大への対策を打つには、遅きに失した可能性も」と語っている。
http://www.worldtimes.co.jp/news/world/kiji/090425-221158.html

皆さん良い連休を。
海外で派手に旅行するあなた。
連れて帰るのは家族と恋人だけにしてください。


中国、ITソースコード強制開示強行へ…国際問題化の懸念
中国政府がデジタル家電などの中核情報をメーカーに強制開示させる制度を5月に発足させることが23日、明らかになった。

中国政府は実施規則などを今月中にも公表する方針をすでに日米両政府に伝えた模様だ。当初の制度案を一部見直して適用まで一定の猶予期間を設けるものの、強制開示の根幹は変更しない。日米欧は企業の知的財産が流出する恐れがあるとして制度導入の撤回を強く求めてきたが、中国側の「強行突破」で国際問題に発展する懸念が強まってきた。

制度は、中国で生産・販売する外国製の情報技術(IT)製品について、製品を制御するソフトウエアの設計図である「ソースコード」の開示をメーカーに強制するものだ。中国当局の職員が日本を訪れ製品をチェックする手続きも含まれる。拒否すれば、その製品の現地生産・販売や対中輸出ができなくなる。

どの先進国も採用していない異例の制度で、非接触ICカードやデジタル複写機、金融機関向けの現金自動預け払い機(ATM)システムなど、日本企業が得意な製品も幅広く開示対象になる可能性がある。

中国側は、ソフトの欠陥を狙ったコンピューターウイルスの侵入防止などを制度導入の目的に挙げる。しかし、ソースコードが分かればICカードやATMなどの暗号情報を解読するきっかけとなる。企業の損失につながるだけでなく、国家機密の漏洩(ろうえい)につながる可能性もあるため日米欧の政府が強く反発。日本の経済界も昨秋、中国側に強い懸念を伝えた。

中国は当初、08年5月に実施規則を公表し、09年5月から適用する予定だった。各国からの反対で、中国当局が今年3月、制度実施の延期を表明したが、これは適用開始までの猶予期間を設けることを指していたと見られる。

猶予期間はメーカー側が提出する書類を用意する時間に配慮したものだが、いつまで猶予するかは不明だ。日米欧の政府は詳細が分かり次第、中国側に問題点を指摘し、制度の見直しや撤廃を求めていくことになる。

◆ソースコード
コンピューター用の言語で書かれたソフトウエアの設計図。企業の重要な知的財産で、ソースコードが流出すれば開発成果を他社に利用される懸念がある。マイクロソフトは基本ソフト「ウィンドウズ」のソースコードを機密情報として扱い、巨額の利益につなげた。
(2009年4月24日03時10分 読売新聞)

ニュース自体も目ン玉飛び出るほどの衝撃だが,
もっと衝撃なのは,こんな重大ニュースを放置したまま
草gメンバーのふりちん騒動一色なテレビ報道。
全く理解不能です。

それではまた次号,
しぃゆうあげぃん。
良い黄金週間を,皆さん。
ぷ〜れん敬白 

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