暗愚楽月報
The Underground Disc Review
第61号

黄金習慣づいてます
パブロフ並みですCD漁り
節句のその日も絶句した
またも堕盤を買わされて

Editer's Note

今月の金賞(D'OR)


★★★★★
Reinhard Micko Trio "Views" (Chire : 004)
@spring can really hang you up the most Aautumn L(eaves) Bviews Cwhy 2 K Dtrics Ebehind Falles T GI loves you porgy
Reinhard Micko (p) Matthias Pichler (b) Klemens Marktl (ds)
メカニックなパラパラ・モード・ピアノで向こうっ気たっぷりにデビューしたのち,ぐっと構成力を増し理知的になったリーダー第二作を発表。その後,自身の進む方向に逡巡してか,沈黙してしまったウィーンのピアノ弾きミッコさん。どうしたのかと思っていたら,昨2006年にメンバーを入れ替え,密かに第三作を発表していました。上記の二枚をご存じの方に申し上げると,良くも悪くも二作目の《脱・モード不良少年》路線がさらに進んだ印象ですか。アレンジ面では,新世紀に入って最初に「世代の語り口」を提示し,オピニオン・リーダー的存在となった彼岸の大スター,メルドー君のニヒル変拍子語法を重度に参照することで現状打破を計った様子。スタンダードの@に聴ける多彩な変拍子,Bに聴けるニヒルでスペーシーなコード進行は紛れもなくスタジオ・メルドーがアイドルな証でしょう。そのぶんパラパラとメカニカルなフレーズを幾何的なリズムに乗せて弾く,初期のチック・コリア的な趣は薄れ,ナルシスティックな単音フレージングと重く隙間の多い左手の和声で翳りを作る文学青年めいた語り口に。野心含みのスリリングな演奏ではなくなりましたけれど,おかげで少し小粒な運指技巧は気にならなくなり,趣深くなりました。恐らくこのブランク期間に相当,共演を重ねたのでしょう。サイドの二人も良く協調。複雑な変拍子群を小気味良く打ち出していくセンスの良いバッキングに頬が緩みます。メルドー風のニヒルなシーズニングが利いた今風モード・ピアノがお好きな方に。






Recommends


Frank Martin "Concerto pour Violon et Orchestre / Concerto pour Piano et Orchestre No.2" (Jecklin-disco : JD 632-2)
Frank Martin (cond) Wolfgang Schneiderhan (vln) Paul Badura-Skoda (p) Orchestre Symphonique de la Radio Lexembourg
死を目前に控えた1970年代初頭,自作を精力的に録音するマルタン。何を想っていたんでしょうか。死の約三年前,1971年に残した自作自演が本盤です。ヴァイオリン協奏曲では,世界初録音(指揮はアンセルメ)でもソロを取ったシュナイダーハンが再び登場。1915年生まれで当時もう60才でした。さすがに速いパッセージでは,ごく僅か指板を抑える左手に細かい震えが乗り,ピッチを緩めにしはするものの,圧倒的な音圧と格調高い音色はさすが名匠。フロマン指揮下で,あれほど腑抜けなドビュッシーを吹き込んだルクセンブルク放送管とは思えないほど統御され,緊張感高く鳴るオケも力量以上に健闘している。余程マルタンの形相が怖かったに相違ありますまい。さらに輪を掛けて素晴らしいのが,続くピアコン第二番。マルタンに「40年間一度も書かれてない《壮大な》ピアノ協奏曲を書いて」と依頼し,1970年にオランダで世界初演の労も執ったバドゥラ=スコダがソリストを務めます。以前世に出たドビュッシー独奏曲集で「なんじゃこれ・・」と幻滅させられたあのスコダさん。大した期待もなく聴きましたら,これが別人の如く精気漲っていた。和音は鉄槌の如くガツンガツン。無調アルペジオの洪水は一本釣りされた鰹の如くびっちびっち跳ね回り,挑み掛かるように疾走。気品と円みに富むアントニオリとは全く異なる冷たく硬く厳しい表情で,一本筋を通す美演に感服しました。「三羽がらす」の本領はこれだったんですねえ。精緻な音符の連なりに理路整然と句読点を落とし,朗々と読み解いていく作曲者の指揮ぶりも見事。『レクイエム』で自己崩壊気味だったのが嘘のように,ここでのマルタンは使命感に燃え,一心に譜面と対峙していたんでしょうねえ。★★★★☆
"Sonate en Si Mineur (Vierne) Pièce (Chausson) Sonate (Honegger) Sonate en Ré Mineur (Debussy)" (Lyrinx : LYR 203)
Valérie Aimard (vc) Cédric Tiberghien (p)
ティベルギャンといえば,1998年にロン=ティボー国際で華々しく優勝してデビューしたフランスの俊才。意気揚々と発表したハルモニア・ムンディからのドビュッシー録音が過剰な自意識とテク頼みの青臭さにまみれた演奏だったもんで,酷評したのを思い出す若僧です。それから僅かに一年弱で出てきた本盤は,チェロのエマールとの二重奏による仏近代オムニバス。いわゆる伝統的ロマン派からは,半ば無理矢理に転調芸を駆使するヴィエルヌと,歌曲以外で珍しくエロチックな風情がと感心するショーソンの二編を。ポスト近代からは,保守派のロマン派主題を踏襲しつつも,やっぱりヒステリックな無調旋律と野人もどきな律動が挿入されて気難しくなるオネゲルと,脱近代の神隠しに遭い,肉体だけ伝統回帰したものの魂は既に異世界へ逝っちゃったドビュッシーを併録しています。何しろあの醜悪なドビュッシーから幾らも経たない伴奏者。大した期待もございません。しかし,蓋を開けてみるとこれが意外にも美演。ピアノは確かに相変わらず若い。しかし,年長の共演者に合わせようとの意志が働き,これが暴走を適度に抑制する効果を挙げている。一昔前でいうところのロジェ効果です(てことは彼の将来も伴奏者?笑)。若僧を見事乗りこなす1969年リヨン生まれのチェロは,パリ音楽院でミュレールのお弟子さんだった人物。1991年にマリア・カナルス国際で優勝したものの,その後は教育メインで活動。ブリュッセル,パリ13区,パリ高等の各音楽院で教師活動がお忙しく録音僅少。こんだけ上手いのに勿体ないですねえ。やや力感は乏しいながら,鈍い光沢と深いコクのある音色や正確なピッチは魅力的。両極端な曲が並ぶ本盤,広くお薦めできそうなカラフルな曲がないもんで少し評価を低くしちゃいましたけど,演奏は充分に5つ星クラスかと。実際,テレラマ誌とルモンド誌では本盤,最高点でした。★★★★☆
Selim Palmgren "Illusion / Intermezzo / Sonette / Barcarole / Spring, op.27 / Youth / Finish Rhythms / Spring, op.47 / Three Piano Pieces" (Finlandia : WPCS-4884)
Izumi Tateno (piano)
ほぼ存在を忘却されかけていたフィンランド人作曲家パルムグレンを一躍メジャーにしたのは,1990年代初めに出た3枚のパルムグレン・ピアノ作品集。本盤は比較的初期の小品を集めた選集です。作曲者は朴訥簡素なロマン派形式を踏襲した筆致。簡素な主題とかっちりしたリズムは重度にグリーグ『叙情小品集』の流れを汲みつつも,残り半分にドビュッシー前夜のピアノ曲がもつ抑えめのエキゾチズムと旋法性を持ってきて自己主張する。フランスで近いのはガブリエル・デュポンやクラース,ちょっと冷たいセヴラック辺り。有名人なら『ボヘミア舞曲』や『夢』辺りの初期ドビュッシーをいっそう簡素にしたようなイメージですか。演奏する舘野泉氏は,1936年東京生まれ。東京藝術大学を出たのち,1968年メシアン・コンクールで第2位になりましたが,その前の1964年からフィンランドへ移住。国立シベリウス・アカデミーの教授を勤めるなど彼の地に根を下ろし,日本シベリウス協会の会長さんにもなっています。その縁で1981年からはフィンランド政府の終生芸術家年金を受給する身分になり,その後は演奏一本に絞って活動。2001年にフィンランドのタンペレで演奏中に脳溢血で倒れ,隻腕のピアニストとして2年後に復帰してからは,CMや特番でも紹介されて有名になりました。北欧の音楽を日本人にも馴染みあるものにした貢献は大きいでしょう。速いパッセージの装飾音でやや指が摩滅するも,粒立ちやタッチは硬質で端正。過度な感情移入を排しつつ,控えめに添加されるルバートも品格豊か。国際級らしく堂々たる腕前です。★★★★☆
Selim Palmgren "Piano Sonata in D Minor / 24 Preludes" (Finlandia : 544132)
Izumi Tateno (piano)
舘野泉によるパルムグレンの初期ピアノ曲集。本盤は,1900年に書かれた『ソナタ』と1907年作の『前奏曲集』を併録しています。前者は彼がヘルシンキ音楽院を出た翌年の作品。在学中ブゾーニやリストのお弟子さんに師事してピアノを学んでいた大学時代から,ほとんど間がありません。おまけに「ニ短調」とわざわざ調性指示があるのも道理。ガブリエル・デュポンやクラースのそれの如く,調性の巣をゆるやかに舞い上がろうとする意志は希薄。グリーグのそれを彷彿させる簡素な曲形式と,「北欧のショパン」とされる保守的ロマン派の詩情が溶け合った筆致です。いっぽう7年後に書かれた『前奏曲』は,ショパンに捧げられた小品集。くだんのピアノ詩人と同様24曲の体裁を取ることからも伺えるとおり,ショパンの風情をグリーグの朴訥で寡黙なグリーグ風フィルタを通して,ショパンの情緒を咀嚼した保守ロマン派の佳品です。グリーグの叙情用品集めいた朴訥な詩情は相変わらずないっぽう,ドビュッシー的な旋法性がいつの間にかアルペジオのそこここに忍び込み,筆致が変わっているのにびっくり。11曲(夢の情景)や12曲(海)は,海の代名詞ともいえるかのドビュッシーの『映像』や『前奏曲』あたりに混ざっていそうなモーダルさです。彼は本作品を書いた当時イタリアにいましたので,或いはメディチ荘の住人たちと交流し,作品を見たりしていたかも知れませんねえ。舘野さんの演奏は片割れ盤同様,見事。技巧的なトラックで指回りにもう少し歯切れが欲しい面もありますけど,技巧的な不安はほぼ感じませんし,情感表現も的確なレベルを保っており,極めてコントロールされた美演です。★★★★☆
Edward Gregson "Celebration / Metamorphoses / Missa Brevis Pacem / The Sword and the Crown / Festivo" (Doyen : DOY CD 043)
Edward Gregson, Timothy Reynish (cond) Henry Herford (btn) The Manchester Boys Choir : RNCM Wind Orchestra
現代イギリス屈指の派手好きグレグソンさんの趣味が最も色濃く出るのが,吹奏楽の作品群です。本盤は英国の吹奏楽レーベル【ドワイヨン】から出たグレグソンの吹奏楽曲集。兄弟盤である二枚の金管盤同様,戦記もの主題歌風の派手派手なオーケストレーションと,平明でいてかっちり固まった形式感の両方を味わえます。本盤最大の目玉は,珍しい吹奏楽と合唱のための『ミサ・ブレヴィス・パセム』でしょうか。やはり作曲者の作風は合唱団が入ろうがおかまいなし。ミサ曲であろうが『スターウォーズ』ばりのきびきび変拍子と,キラキラ和声をてんこ盛り。良くいえば戦隊もの大好きな子どもでも喜んで聴きそうな反面,やっぱり宗教曲にサンバルカンはバタ臭すぎ,場違い感を拭えませんでした。演奏を担当するのは王立音楽大学付属の吹奏楽団。残念ながら先の二枚に比べると団の力量はやや落ちる模様。相変わらず高品位ではあるものの,パッセージの音符が詰まってくると,細かいミスが出るようになります。それにも増して歌唱陣,ミサ曲で加わる少年合唱団の出来が宜しくない。「子ども相手にムキになっても仕方ねえだろ?」とのご意見は尤もですけれど,プロなんですから。音程も満足に取れずふらつくような合唱団を入れるくらいなら,女声合唱団でもよかったんじゃないでしょうかねえ。尤も本盤の場合,曲がやたら歌いにくいってのもあるでしょう。変拍子てんこ盛りなうえ急速調。合唱曲なのにリフ・チューン。年端も行かぬ子どもに歌わせてどうすんの?という気がしないでもない。子ども相手に容赦ないグレグソンさん。鬼です(笑)。★★★★
Claude Debussy "Préludes I / Sarabande / Danse / La Soiré dans Grenade / Jardins sous la Pluie / Reflets dans l'Eau / Hommage à Rameau / Poissons d'Or" (Accord : 465 804-2)
Jean-Joël Barbier (piano)
1994年6月パリで,ひっそりと74才の生涯を閉じたジャン=ジョエル・バルビエは,1971年から1972年に掛けてサティのピアノ作品集を録音し,仏ディスク大賞を受賞したフランスのピアノ弾き。1920年ベルフォール生まれですので,本盤を吹き込んだ当時は50才前後だったことになります。後年はシャラントン音楽院の院長となり,教育活動を重点を置いていたせいか録音は多くなく,あまり出てもきませんけれど,セヴラックの録音を聴くに,ブランシュ・セルヴァやラザール・レヴィに学んだ毛並みの良さが存分に味わえる素晴らしい腕前の持ち主でした。本盤は彼が生涯で尤も脚光を浴びたサティの録音を挟んで,1969年と1974年に吹き込んだドビュッシーを集めたもの。なにぶん年齢が年齢でもあり,速いパッセージ(例えば『水の反映』)などでは,どうしても指が摩滅したり,細かくミスタッチをしてしまいます。しかし,半ばそれを承知で,ペダルに逃げずきびきびとしたテンポをとり,颯爽と弾きおおせる演奏態度には,あざとく計算し守りに入ることの多い昨今のピアノ弾きにぜひ見習って欲しいものが多く含まれているように思います。圧巻は『タランテラ舞曲』,『金色の魚』辺りですかねえ。溌剌と跳ね回るリズム,大胆なシンコペーションとデュナーミク。そのしなやかなこと柔らかいこと。フランソワと同様,演奏から漲るこの生き生きとした精気を現前させるため,彼はミスを怖れることなく,リズムの跳躍を優先したのでしょう。惜しむらくは,録音がお世辞にも良いとはいえないことと,前奏曲集以外全てが断片的にしか収録されてないことですか。抜粋盤なのかな?だとしたらまたエラク中途半端な抜粋だと思いません?★★★★
Claude Debussy "Danses Sacrée et Profane / Syrinx / Sonate pour Violoncelle et Piano / Sonate pour Flûte, Alto et Harpe / Sonate pour Violon et Piano" (Calliope : CAL 9837)
Jean-Louis Beaumadier (fl) Fabrice Pierre (hrp) Annick Roussin (vln) Pierre-Henri Xuereb (vla) Jérôme Pernoo (vc) Elisabeth Rigollet (p) Ensemble Orchestral La Follia
復刻がやたら目に付くカリオペから,珍しく出た新録(といっても1997年版)の本盤は,3つのソナタを含むドビュッシー室内楽曲集。近録だけに,どれも程良く抑揚が利いてレベルは高い。それだけに少々勿体なかったのは,ソリストの技量に多少ばらつきがあることか。フルートのボーマディエは,マルセイユとパリ音楽院でランパル親子に師事し,仏国立管のソリストを12年。ピッコロ吹きとして有名です。ここでも抑揚豊かな好演を披露。ただ鍛錬不足なのか,ちょっと音色が掠れ気味なのが惜しい。演奏は品があり,これさえなかったら5つ星クラスなのに。1977年のロンティボー国際で三位になったルーシン女史は,フレムの美演が印象に残る名女流。ここでも軽やかで甘い音色をいかんなく披露。しかし,ちょっと強弱緩急が作為的であるのと,時折一瞬気が抜けてか,細かいミスを犯すのが惜しい。伴奏者も少し硬いですかねえ。舞曲に顔を出すラ・フォリアは,ライン地方を拠点に活動するアンサンブル。メニューイン国際で入賞し,リヨン音楽院とブローニュ=ビアンクール音楽院でヴァイオリン科の教鞭を執るクリストフ・ポワジェを中心に1995年結成。まだ若く大した録音遍歴もないなか,唯一ウジェーヌ・ダマーレ(1919年没のピッコロ吹き兼作曲家)の作品集が目を引きます。小編成の「舞曲」は,「世俗的」を速めに演奏してしまうきらいがあり,ここでもそれを踏襲。どんな効果を狙ったのかは分かりませんけど,やはり性急。「神聖な舞曲」は好演だけに勿体ない。アンサンブルも抑揚豊かで好ましいだけに惜しいですねえ。精度ももう一声あると良かったか。★★★★
"Sonate pour Alto et Piano (Koechlin) Sonate No.2 (Milhaud) Textes (Mihalovici) Sonate Concerto No.6 (De Mondonville)" (INA : IMVO29)
Ernest Wallfisch (vln, vla) Lory Wallfisch (p)
仏視聴覚研究所(INA)はひと頃,収蔵する歴史的録音のアーカイブから,山のようにCDをプレスして世に送り出し,好事家を驚喜させました。本盤もそのひとつで,ルーマニア出身のデュオ=ウォールフィッシュが残した2種類の音源を併録しています。意外に思える彼らのフランス贔屓は,作曲者たちと同時代人な二人の生きた交流の所産であったことが,書き下ろされた奥さんのエッセイから明らかにされる・・というブックレットの趣向はさすが研究所制作。心憎いばかりです。弦を担当するエルネストは1920年フランクフルト出身。幼少期にルーマニアのブカレストへ移住し,アマチュアのヴァイオリン弾きだった父に影響されて楽器を手にします。ブカレスト音楽院へ進むまではヴァイオリンがメインだったものの,15才でヴィオラに転向。3年後にプロとなりました。在学中に出逢った二人は,1944年に結婚。大戦後の1946年に,二人の演奏を聴いたメニューインの援助で渡米し,1964年から1979年に世を去るまでノーザンプトンのスミス・カレッジで教員となりました。さすがに死を目前にした1979年のミヨーとミハロヴィチの演奏はすっかり音色もくすんで弱々しくなり,指板を抑える手の震えで所在なげな儚さと不安定感が乗ってはいますけれど,却ってそれがメニューイン効果をもたらし,あどけなく無垢な佇まいを与えて悪くありません。個人的に最も関心のあったミハロヴィチはジョリヴェ風の掻きむしり系疑似無調でややがっかりでしたが,1957年に吹き込まれたモノラル録音のケックランの演奏などは,仏人の演奏にはない忍び泣きにも似た抑えめの音圧と重いビブラートが,原曲に穏やかな恨み節を与え,実に素晴らしい。★★★★
Arnold Bax "Sonata in E Flat / Folk-Tale / Sonatina in D / Legend-Sonata in F# Minor" (ASV : CD DCA 896)
Bernard Gregor-Smith (vc) Yolande Wrigley (p)
異教徒系のバーバリズムをポスト・ロマン派書法に融合。モーランとふたり,イギリス北方の荒涼たる風景を音楽に乗せ換えたバックス。ややリズム処理が硬めな彼は,その欠点を機動力で相殺できる小編成のほうに佳品が多いと思うのですが,本人はまさにその理由から,あまり得意ジャンルではでなかったのでしょう。作品数は多くありません。チェロ独奏のために書かれたものは4編。本盤はその全てを収め,企画自体は大変に有難いものです。ただ,惜しむらくは演奏が宜しくない。チェロを弾くグレゴール=スミスは王立音大に16才で進学し,ダグラス・キャメロンに師事。卒業を前に教員となり,1993年に研究員に昇格した人物。演奏家としては室内楽畑が活動の中心だったようで,1967年に結成したリンゼイ弦楽四重奏団のメンバーとして活動。2005年に現役を退くまで多くの録音を残しました。キール,レイチェスター,シェフィールド,マンチェスターの4つの音大で名誉博士号を取得し,現在はおもに王立北音楽大学の教授職がメインの教育者。演奏活動は続けているらしいですけど,余芸ってことでしょうかねえ。速いパッセージでは弦を擦る音がキコキコしちゃって,音色も屠殺前の鶏系。ピッチも危なっかしく,聴き苦しいことおびただしい。誉められたものとはいえません。王立音楽院で華々しくやってた過去はあるらしいですから,昔は上手かったんでしょうかねえ?少なくともこの音色でこのテクニックなら,ナクソスの域を出ないんじゃないでしょうか。曲は出来映えにややばらつきこそあれ,野趣に富んだリズムと呪術含みの和声が「ノーブルなフロラン・シュミット」めいて素晴らしいだけに,隔靴掻痒というか何というか。ASVは時々こういう地雷を踏むなあ・・やれやれ。★★★☆
"Préludes I, II / Fantaisie (Debussy) Regard de l'Esprit de Joie / Regard du Silence / Le Merle Bleu (Messiaen)" (Decca : 468 552-2)
Jean-Rodolphe Kars (p) Alexander Gibson (cond) London Symphony Orchestra
「まともなオケとソリストの手になる吹き込みが不足気味の『幻想曲』を,天下のロンドン響が入れてるよ?」・・たったこれだけの動機で入手しました。最早オタだろうと何だろうと,好きに呼ぶがいいさうっき〜!恐らく初めて耳にするソリストのカールスは,1947年生まれのオーストリア人ピアノ弾き。なのに生まれがカルカッタなのは,どうもユダヤ系なことが背景にあるようです。少し剃刀系ながら透き通るように涼しげな打鍵と,端正なリズム感覚が印象的な彼のドビュッシーは,ハースの流れを汲むシャープな輪郭が好ましい反面,やや自称切れ者系の理知的なあざとさが自爆を誘っているのが残念。全編,テンポをかなり遅めに取り,隙間を増やして緊張感を増そうとの狙いは理解できます。しかし,流れを無視して挿入される作為的な間やルバート,ペダルは,彼の青臭さも露呈。徹底的にテンポを落とし新たな可能性を探ろうとした結果,ペダルの残響で音が濁り派手に玉砕してしまう「霧」は,彼の演奏哲学が持つ功罪を象徴したものでしょう。それでも,冷徹な音場と冒険心豊かな演奏はさすが近現代を得意にしていただけのことはあります。技巧的に背伸びをせず,もう少し醸成していたら,アリス・アデル系の面白いピアノ弾きになったんじゃないでしょうか。1966年のリーズ国際に4位入賞を果たし,1971年までに本盤の収録曲を次々と録音。華々しくキャリアをスタートしていたはずの彼。なぜかその後の録音がほとんどない。他にはリストの録音がちょっとあるくらいです。不思議に思いません?思ったあなたにその後の帰趨をお教えしますと・・1977年に洗礼を受けてカトリック教徒となり,なんと司祭さまになって,綺麗さっぱりキャリアを捨てちゃったんだって!ひょー!★★★☆



Other Discs

"Shéhérazade (Ravel) Les Illuminations (Britten) La Mademoiselle Élue (Debussy)" (Philips : PHCD-11117)
Seiji Ozawa (cond) Sylvia McNair (sop) Susan Graham (msp) Tanglewood Festival Chorus : Boston Symphony Orchestra
能面のようでほとんど面白みを感じたことが無いけれど,優秀なオケに支えられて現在の評価をもらえてる気がしないでもない小澤さん。こちとらの守備範囲なドビュッシーやラヴェルにはなかなかお目に掛かれず,彼の才気に断定的なコメントを下すのは控えておりましたが・・。本盤を聴いて,ほぼ確信に変わったので申し上げましょう。少なくとも本盤の『シェエラザード』は,全くもって酷い指揮です。やや喉締めのキツイ声質と,気取りすぎのナルシシスムが鼻につくとはいえ,独奏者に選ばれたマクネアーは,少なくともラトル盤のアーヴィングなどよりは遙かに格上の資質を示しますし,『選ばれた乙女』で登場するスーザン・グラハムはさらに達者。抜群に透明度高いオケに比べ,やや不安な合唱隊も健闘を見せ,性能だけ取れば,これだけの陣容なら充分,既往の名盤と勝負できるレベルのはずです。その貯金をたった一人でパアにしてしまったのが,小澤の無神経かつ教条的,センスの欠片もない指揮振り!何をおいても彼の譜読みのセンスの悪さに脱帽。これだけ高頻度で,悪いほう悪いほうにアクセントを置く指揮は初めて聴きました。そのくせ,無意味にテンポ・ルバートを掛けて「おフランスの洒落た薫り」を必死で描出しようとする。その様子の寒いこと痛いこと。田舎出身を隠したい一心から,必死にオシャレして「〜じゃん」言葉を真似,東京に染まろうと必死な大学生。コンプレックス一杯な彼を端から見ているときの,あの気まズ〜い感覚が襲ってきます(笑)。聴くほどに鹿鳴館。頼むからこんな外面を撫でたような安っぽい指揮で「世界のオザワ」とか言わないでくれ。私だけかと思ったら,同じこと思っている人が彼岸にもやっぱりいたよ。それでも評点がましなのは,演奏陣の性能がよいことと,いい演奏の少ない『選ばれた乙女』のほうは結構聴けるからです。★★★☆
Henri Sauguet "Le Cornette, Chanson d'Amour et de Mort / Mouvements du Coeur" (Cavalli : Bestell-Nr. : CCD 314)
Rudolf Piernay (b) Corinna Korff (p)
パウル・クレーの綺麗なピンク色をジャケットにした本盤は,パリを席巻したポスト・ドビュッシアンの二大潮流を折衷しての風刺画的プチ前衛。六人組のもつけばけばしく簡素な道化をいっぽうに,シェーンベルクやメシアンの不穏かつ脈絡希薄な和声進行を摘みだし,それらをサロン系の穏健な主旋律部にべたべたとコーティング。聴き手の耳を心地悪く裏切り,突拍子もなく六人組もどきの跳躍を弄しながら,所在なげに先の見えない展開がなされる。ええ,きっとメシアンからジョリヴェ方向に向かった人が聴くと,バリ(島)までは逝かずパリにとどまった脱欧趣味者の筆致として,それなりに面白いんでしょう。しかし,拍子抜けするほどオーソドックスな主旋律と,奇妙に跳躍する伴奏譜のあまりの齟齬。耳を裏切った後で「その手があったか」と思わせてくれればいいんですが,単に奇を衒ってる意外に効果を感じられない転調,跳躍,変拍子の集積。生理的にどうもそのズレズレ感に耐えられませんでした。「馬鹿だな,それがヤツの狙いなんだよ」と仰るあなたには,「そんなこと知るか。聴いてキモチワルイもんは気持ち悪いんじゃぁぁぁああ」と逆切れするしかございません。それだけに,併録の『心の移ろい』まで来るとどっと気が抜ける。こちらはショパンの没後百年を記念し,ルイ・ド・ヴァルモランの詩にフランセやプーランク,ミヨー,プルジェ,オリックが曲を付けた合作。録音は初めて見ました。驚くほど大人しいオリック,憂いを秘めた軽やかなプーランクにも増して,正統派の叙情派ポスト・ロマン歌曲で地味に印象を残すプルジェに刮目。1907年アジャッキオ生まれの宗教音楽作家でブーランジェの弟子。初めて聞く人ですが良い曲書きそうですねえ。前半が駄目な方は,この併録を聴いて自分を慰めましょう。レーベル同様聞いたことないバス歌手は,やや鼻に掛かったモソモソしたお声。低域の表現力にやや難があるものの,ピッチ正確でお上手です。★★★☆
"Shéhérazade / Alborada del Gracioso (Ravel) Te Deum / Lelio, ou Le Letuor a La Vie (Berlioz) Serenata (Dvorak)" (Melodram : CDM 28033)
Thomas Schippers (cond) Regine Crèspan (sop) Jean Vilar (recit) Veriano Luchetti (tnr) Mario Sereni (btn) Orchestra Sinfonia di Roma della RAI, Orchestra A.Scarlatti di Napoli della RAI
寡聞にして初耳の(笑)トマス・シッパーズなるアメリカ人指揮者が振った,見るからに怪しげな『シェエラザード』を見つけました。彼は1930年にミシガン州カラマズーに生まれ,ジュリアードとカーチス研究院を卒業。21才でニューヨーク市歌劇場,23才でメトロポリタン歌劇場に登壇するなど,歌劇を得意にして檜舞台へ。全米制覇後は本場イタリーへ乗り込み,聖チェチーリア国立アカデミー管弦楽団の主席指揮者になりました。これからという矢先の1977年肺ガンに倒れ,若くして亡くなってしまったとか。「もし生きていれば・・」そんな気持ちが判官贔屓なファンを呼び,こうして今も怪しげなブートレグ盤を生むのでしょう。本盤は,1970年前後にイタリア各地で行った演奏会を,恐らくは隠し撮りした音源が出元。ステレオの登場から十余年も経ってるのになぜかモノラルなうえ,やたらモコモコしてる音質は,まさしくこれが駅売りCDと同じパターンで作られた商品であることを雄弁に物語っておりましょう。彼の指揮は,「なるほど舞台作品が得意らしいな」と思わせる芝居がかったシンコペーションと,遅めの慎重なテンポ取りが醸し出す,重厚・壮大ぎみの歌い回しが特徴。ラヴェルを二編と言われてこの選曲をする辺りに,彼の嗜好が透けて見えるのではないでしょうか。あまりに遅いテンポであのレジーヌ・クレスパンが息切れしてしまう「アジア」に大笑い。ワグネリスティックかつ大上段に大見得を切る,歌舞伎調の「道化師」に目が点。ベルリオーズで本領発揮する弁士ぶりに刮目と,こういうCDが出てくる理由も頷ける一枚ではありますですねえ。一般人には薦めませんけど。★★★








Recommends


Sylvain Luc & Biréli Lagrène "Duet" (Dreyfus : FDM 36604-2)
@time after time Adouce ambiance Bestate Cmade in France Dla ballade irlandaise Eisn't she lovely Froad song Gzurezat Hstompin' at the savoy Iles amoureux des bancs publics Jblackbird KSyracuse Llooking up
Sylvain Luc, Biréli Lagrène (guitars)
多言を要しないラグレーンは,1966年アルザス出身。4歳で初リサイタル,12歳でストラスブール音楽祭に入賞した早熟の天才です。彼は1980年に発表した初リーダー作が『ジャンゴへの道』だったくらいのジャンゴ好き。同じギターの,それも民俗趣味たっぷりな共演者とタイマン勝負する本企画。さぞ愉しみに臨んだことでしょう。既に有名人だったビレリに比べ,1965年バヨンヌ出身のリュックは,当時リーダー盤も僅かに1993年の『ピアイア』一枚しかありませんでした。しかし,彼も9才でバヨンヌ音楽院に進学した神童。しかも,アコーディオン奏者の兄と作った初録音盤はバスク地方の民謡集だったほど土臭いバックグラウンドの持ち主です。ジャズと出逢ったのは15才からと意外に遅かったものの,自己のグループ【ビュル・クインテット】で,1982年のサン・セバスチャン音楽祭入賞。その後パリへ出てアンドレ・チェカレリのサイドメンとなり頭角を表します。彼は元々ベース奏者だった過去の持ち主でもあり,バヨンヌ音楽院時代は歌唱法で学位を獲るほど歌もお上手。おまけに編曲も嗜む。歌伴や編曲,サイドメンにと引っ張り回されたのが,実績不足だった理由でしょう。それだけに,両者の演奏は全く対等の名人芸。ナイロン弦のクラシック・ギターが核を成す暖かい音場。正確なピッキングとカッティング,愉しげなゴルペ(胴叩き)。フレージングにジプシー臭を織り交ぜつつも,瀟洒なアレンジメントはリュックの功績か。少し綺麗すぎるほどに,全てが整然とまとまっていて,なおかつ実に愉しい。まさしく至芸の交歓という表現がぴったりの二重奏です。参った。★★★★★
Alessandro Galati "All Alone" (Bluegleam : BG001)
@broken toy ALeipzig, 1862 Brever de te voir Cbukowsky Daverti tra le braccia Ethin fish Funa lunga storia d'amore Gvanish Spanish Hslow down Venice hearts Itu si'na cosa grande
Alessandro Galati (piano)
随分前に,デイヴ・リーブマンの肝煎りで出た『トラクション・アヴァント』が印象に残るリーダーは,1966年フローレンス生まれのイタリア人。1988年にフィレンツェ音楽アカデミーへ進み,ジャンニ・トマソらに就いてピアノと器楽アレンジを修得しました。1995年に初リーダー作を出し,その後は約2年置きにリーダー盤を制作。ひと頃音信不通だったんですが,2005年に【ブルークリーム】なるマイナー・レーベルが二枚のアルバムを制作しました(その片方がこれです)。ヴァシリス・ツァブロプーロス風の硬質なECMピアノだったデビュー当時の彼。そのつもりで耳を傾けると,数年のうちにややエヴァンス流儀を採り入れて,甘く丸くなった印象を受けます。ジャケットそのまま,中身は3曲を除いて自作。その作曲センスも,イタリア人特有の甘美な節回しが適度に絡んできて,どことなくエンリコの臭いがするものに変わりました。ただ,彼のピアノの打鍵は相変わらず硬質で訥々した風合いがあり,ラテン的な冗長さは皆無。左手のベースラインと右手のくっきりした単音,時折両方がコンビを組んでの和声。それらがくっきり見通せる,端正かつ淡泊な歌い回しは,イタリア人としてはかなり異色です。ひょっとすると彼の頭の中にはエヴァンスよりも,かつて同じ標題でソロ作を作ったマル・ウォルドロンのイメージがあったのかも知れません。ECMのレーベル第一作は,マルのリーダー盤でしたし。訥々と独り語りするマルの演奏姿勢と,瀟洒なエヴァンスの和声,北欧的な打鍵の三者が控えめにバランスしたトーン・ポエム集です。キース『メロディ・アット・ナイト・ウィズ・ユー』辺りお好きな方は,ぜひどうぞ。★★★★★
Edward Simon "Unicity" (Cam Jazz : CAMJ 7796-2)
@invocation Athe messenger Babiding unicity Cgevriasolas Dthe midst of chaos Eprelude No.9 (Mompou) Fpathless path Gevolution Heastern Iabiding unicity: reprise
Edward Simon (p) John Patitucci (b) Brian Blade (ds)
がんばりました。ベネズエラのラテン野郎から最先端のニューヨーカーへと脱皮して数年,サイモン君が7枚目にして,またひとつ自己の殻を破るトリオ盤を作りました。技術的には文句なくファースト・クラスにある反面,都会っ子に溶け込もうとするあまり,演奏まで整然としてしまう彼の録音は,ともすれば意匠の勝ちすぎを招き,もう一つ手放しで誉めにくかった。本盤でも,編曲はやや過多気味に推移します。恐らくはトーン・ポエム的なものを意図したのでしょう。オーソドックスな4ビートが二三曲しかなく,リズムが一向にグルーヴしない演奏は,正直「白河の清きに魚も棲みかねて」状態。欲求不満が溜まる感は拭えません。しかし,脇役にパティトゥッチとブレイドの二人を呼んだのが奏功。以前ジョエル・ワイスコフ『サム・チェンジズ・イン・ライフ』の録音現場に押し掛け,主役の尻をドスドス蹴り上げて数ランク上の名盤に変えてしまった,筋金入りの前科者が彼らです。ワイスコフとベクトル的に遠くないサイモンは,技巧的には一枚上手。噂の二名を得てどんなことになるかは,容易に予測可能です。生き物の如く精気に満ちた豪腕二名のグルーヴに乗せられ,持てる技量をみるみる吸い出されるサイモン。やや偏重なアレンジをすら,楽々と相殺してしまう。改めてこのリズム隊の素晴らしさに感嘆しました。数少ない4拍乗りのAやDでは,極めて幸福な瞬間が訪れます。その僅かな福音のためになら,長々とした詩吟にだって付き合える奇特な貴方はぜひどうぞ。★★★★☆
Two for Brazil "Plays the Standards" (CD 3371)
@fascinating rhythm Awe'll be together again Btis autumn Csong of the jet Ddaahoud Eembraceable you Fhello Dolly Gmam'selle Hround midnight Ion Green Dolphin Street Jblack orpheus Kindian summer Langel eyes Mthanks for the memory Nall the things you are Othere will be never be another you
Paulinho Garcia (g, vo) Greg Fishman (ts, fl)
エディ・ヒギンズと仲良くバラッド・アルバムを作り印象を残すいっぽう,三冊のアレンジ本を書くほど,骨の髄までスタン・ゲッツに心酔しているシカゴの中堅テナー,グレッグ・フィシュマンさん。上手いのに録音機会は乏しく,くすぶっておりました。そんなおり,彼は1998年6月10日にシカゴ文化センターで行われたゲッツ追悼イベントに出演。ここで,本盤の相方でもあるブラジル出身のポリーニョ・ガルシア氏と運命的な邂逅を果たします。ベース兼パーカッショニストだったガルシアは,1979年に渡米してからギターに鞍替え。時折愛嬌程度に音程を外すものの,甘く優しい声質をもち,ギタリストとしても編曲家としても達者。しかし彼もまた,キャリアはグラチーナ・アイウギュスチクなる女流ヴォーカルの歌伴くらい。ステージ上で喝采を浴びた双方が意気投合するのは半ば必然で,ただちに二重奏ユニット【トゥー・フォー・ブラジル】が誕生することになりました。ハリー・アレン風のクールなテナーに,アルメイダやチャーリー・バード彷彿の小気味良いカッティング。確かな技術と洒落たアレンジが溶け合う,大変好ましい雰囲気のジャズ・サンバです。ちなみに本盤,ご当地のイリノイ州周辺では評判が良かったようで,二人は本盤の出た2001年にシカゴ音楽大賞ジャズ・エンターティナー部門を制覇。にもかかわらず,その後も彼らのCDは自主制作。数多の夢を飲み込んで今日も肥大する娯楽大国アメリカ。つくづく怖い国ですねえ。★★★★☆
Alex Levin Trio "Night & Distance" (AlexLevinJazz.com)
@if I shoud lose you Abossa A Bfar from the home I love Cautumn in New York Dbut not for me Enight & distance Fnew world
Alex Levin (p) Diallo House, Yoshi Wakti (b) Ismail Lawal, Taylor Davis (ds)
ジャケットそのままに抑制された叙情性が,小型軽量ながらなかなかに快い本盤は,2005年に出た無名ピアノ弾きの初リーダー作。中身が良いので,最初自主制作とは信じられませんでした。リーダーは1974年体育の日生まれの新人さん。ニューヨークのニュー・ジャズ・スクールで作曲とピアノを学んだのち,ブラウン大学で学士号を取得。1998年にベルリンへ移ってから自分のトリオを組み,欧州のジャズ祭を楽遊。帰国した2001年から,ニューヨークを拠点に演奏活動しているようです。ブルックリンハイツにある聖女アヌ校の英語教師が本職らしいですから,あまりガッついて売れる必要もないんでしょうねえ。スタイルは典型的なエヴァンス派で,びっくりするほどデイヴ・ペックにそっくり。本家よりも少しだけモーダルかつ和声の厚みがあるくらいで,ほとんどうり二つと言っても良いんじゃないでしょうか。ということは本家の訥々としたフレージングと,リリカルかつデリケートな作編曲もちゃんと踏襲されているわけです。サイドメンも,技量こそ少し小粒でバタつき感はあるものの,我を抑えて主役の引き立て役に徹しているのが奏功し,邪魔にはなりません。こんな良いレコードが自主制作ですか。いや,アメリカは怖い国だ。ちなみに本盤,当初は本人すら売れると思わなかったのか,たった500枚しかプレスされなかったそうですが,その後再プレスされたようで,そう入手は難しくなくなりました。彼も気を良くしたようで,2006年には二枚目も録音してくれた模様。ぜひ聴いてみたいものです。小粒なエヴァンス派がお好きなあなたにお薦め。★★★★☆
Joan Monné Trio "Mireia" (Fresh Sound : FSNT 100CD)
@suite A1934 BMaria Cugrix Dde mica en mica Efor Brad Flluna Gall the things you are
Joan Monné (p) Raimon Ferrer (b) David Xirgu (ds)
リーダーはバルセロナ出身。生地のジャズ学校タレール・デ・ムジクスへ進んでイニャーキ・サルヴァドール,ルイス・ヴィダルに師事しました。どちらかというと演奏よりも作編曲に関心が強いらしく,スペイン作曲者・出版社協会が1992年に創設した楽曲コンペ【JAZZAUTOR】の第二回大会で準優勝を飾ったのは以前ご紹介した通りですし,現在も本業はカタルーニャ高等音楽大学バルセロナ校(ESMUC=Escuela Superior de Musica de Catalunya)での教育活動。演奏家としても,最近は分厚い管を従えたノネット編成での活動が目立つくらいで,あまり熱心ではなさそうですねえ。それでも【ジャズアウトル】準優勝で脚光は浴びたんでしょう。まだ地場企業に過ぎなかったフレッシュサウンドは,ニュー・タレント・シリーズを始めたばかりの1994年に初リーダー作を吹き込み。同盤でスペイン近代音楽協会賞を受賞し,国内では評価されました。本盤はこれに続き2000年に録音された第二作。冒頭@にいきなり「組曲」を持ってきたり,掉尾の「オール・ザ・シングス・ユー・アー」へモンク「エヴィデンス」の主旋律を混ぜ込む曲芸をするなど,作編曲に自信をお持ちな様子はありありと。それが災い半ばして一部やや凝りすぎな面は覗くものの,自作曲を中心に良く書けていて,レベルは高いです。しかし,むしろ本作を好盤にしたのは,編曲過多気味の楽曲を自然に聴かせるご自身のピアノ。自作曲のアピールにトリオ編成を選ぶのも伊達ではありません。エンリコのロマンスとエヴァンスの叙情,メルドーのアンニュイとトミフラの軽やかな品格を良いところ取りした,軽やかな単音ピアノ。悪く言えば個性派ではないんですが,誰とでも合わせられそうな全天候型の趣味良いスタイルは,やや理知的になったピエトロ・ルッスを思わせる好ましさ。センス良く,粒立ち丸く,技術確かです。その後,師匠のイニャーキさんやアベ・ラバーデらとともに,2003年のテテ・モントリュー啓示賞でファイナリストになっている彼(優勝はホルヘ・ベルーニという,1979年バルセロナ生まれの新人さん)。でも,やっぱりピアノ弾きとしてバリバリやる気はないようで。腕はいいのに勿体ないですねえ。★★★★
David Newton "12th of the 12th" (Candid : CCD79728)
@my kind of town AI've got the world on a string BI fall in love too easily Cwitchcraft Dthe lady is a tramp Ethis is all I ask Fit's nice to go trav'ling Gviolets for your furs Hall or nothing at all Iyou make me feel so young Jall the way Ktwelfth of the twelfth Lonly the lonely Msaturday night is the longest night of the week Nin the wee small hours of the morning
David Newton (piano)
端正で気品のある中間派スタイルのトリオ盤が印象に残ったイギリスの中堅デヴィッド・ニュートンさん。1995年に録音した5枚目のリーダー作は,自身が賛美してやまないシナトラ絡みの楽曲を,ピアノ独奏で弾く企画作品。唯一のオリジナルである標題曲のタイトルは,1915年の12月12日にシナトラが生まれたことに由来しているという趣向です。他の現代白人ピアノのご多分に漏れず,彼もまたエヴァンスを経由した理知的な和声感覚が下地に。しかし,いっぽうで彼にはトミフラのコロコロした小粋さと,シアリング〜テディ・ウィルソン経由で消化した確固たる中間派イディオムの基盤があり,それが彼のピアノを得難いものにもしている。もともと彼は,1985年の処女録音がバディ・デフランコのサイドメンだったくらいバップ以前のジャズに馴染みが深く,その後もステイシー・ケントやアーニー・ロスの歌伴で食ってきた人。インテンポで頻出する,品良く堂に入ったストライド奏法と,精緻な和声を無理なく融合させたピアニズムが,素材を選ばず安定するのも,こうしたキャリアに裏打ちされてのことでしょう。リズムを全て一人でこなす独奏の体裁上,却って彼の持つ中間派贔屓の顔が色濃く出て,実にエレガント。確かに,一聴地味で変化に乏しいのですが,くっきりとした粒立ちと,適度に丸い美麗なタッチ,そして端正なリズム感が幸福に和合。しかもとにかく安定感が高い。白人中間派ソロピアノとしては,ほとんど理想型に近いんじゃないでしょうか。良いピアノ弾きですねえ。もっと評価されて然るべき人物じゃないでしょうか。★★★★
Sam Jones Trio "The Bassist" (Interplay-M&I : MYCJ-30363)
@rhythm-a-ning ALily Bseascape Ctragic magic Dthe hymn of scorpio Ebittersuite
Sam Jones (b) Kenny Barron (p, ep) Keith Copeland (ds)
今やすっかり好々爺になってしまった枯淡のバップ爺さんケニー・バロンが,まだ血沸き肉踊らせながら地を這うような運指でゴリゴリ弾いていた1979年。50台半ばで,余裕たっぷりのベテラン・ジャズメンとなりつつあったサム・ジョーンズ御大のリーダー作へ参加した一枚が,いつの間にやら再発されていました。冒頭@の超アップ・テンポな「リズマニング」から,一部空フレーズ気味になったり運指が摩滅するのも構わず,見る見る速度を上げてヒートアップする様が何とも微笑ましい。これを聴くだけで充分お腹一杯になることでしょう。どこかリターン・トゥ・フォー・エヴァー風のネアカなラテン乗りが印象に残るBでは珍しいエレピも披露され,1970年代のクサ味も味わえる。正座して聴くような名盤とは違いますけれど,すね毛ぼうぼうの武骨な足をどんがり投げ出したまんま演奏するお姿が目に浮かぶような,垢抜けしない雰囲気満載の快演揃いです。さすがオスピー・トリオの屋台骨を支えた人物。リーダーのウォーキングは野太いグルーヴ感とドスが利き,拍もたっぷりと伸びて実に気持ち良い。それだけに,時代から仕方ないながらベースの音が通電っぽいのは惜しかったですねえ。もちベーシストのリーダー盤。大きく太くは録れているんですけど,とにかく低音が膨らまずびゃんびゃん横へ扁平に抜けちゃって軽いんですよ。それでも,まだまだ意気軒昂でいらっしゃったサム・ジョーンズ御大のお姿。まさかこれから3年もしないうちに世を去ってしまわれるとは。人生なんとはかないものよ。★★★★
Jarmo Savolainen "Another Story" (A-Records : AL 73112)
@just follow Aanother story Brapids Cmood swings Dtarget number Ethen again F1926 Gnow we know? Hpasser-by Isummer night Jshadow/stay still
Jarmo Savolainen (p) Anders Jormin (b) Markku Ounaskari (ds) Kari Heinilä (ts) Tim Hagans (tp)
1961年生まれで,既に立派な中堅になってしまったサヴォライネンさん。バイラークのゴリ感と骨太なストロークの中に,ケニー・ワーナーやハービーの香りを秘めたグルーヴネスが売りの好ピアニストです。彼は1980年にバークリーへ進学し,帰国後の1983年にユッキス・ウォテラのグループへ加入。1985年にソロ・デビューを果たしました。しかし,国際的な評価を得たのは,米国勢と共演した1992年作『ファースト・フライト』(1994年にゲオルギ賞を受賞)でしたし,そこで演奏していたビリー・ハートやロン・マクルーアとは,音楽的に相性が宜しくなかったにもかかわらず,しばらく懲りずに共演。留学中にウォレス・ルーニーやリック・マーギッツァと出逢ったことも,バイラークやマルグリュー・ミラー似のゴリッと骨太なピアニズム形成に影響したでしょう。わざわざルーニーの流れを汲むマイルス流儀の屠殺場ラッパを迎えたこの五重奏盤は,そうした彼の嗜好を伺える一枚かも知れません。冒頭から新伝承派的なリフ主題を,フィンランド人らしく無機質に読み替えて再現前。北欧のそれとは距離を置いた作りと,骨のある打鍵で凄む。「米国かぶれのフィンランド人」が眼目なためでしょうか。本盤までの彼は相性度外視で米国勢を選び,頻繁に失敗していました。この愚を避け,地元のリズム隊で実を取る作戦に出たのが,本盤最大の福音。骨のあるヨルミンと軽量級デジョネットな太鼓は,格段にシャープでバランスの良い拍動を提供。期待に違わぬ効果を挙げている。それだけにつくづく惜しいのは,肝心なところで米国被れを捨てきれない音楽的嗜好ですか。気難しくしようとの思惑ばかり先行したリフ・チューンは,正直言ってロヴァーノ一派の劣化コピー。曲書きに自負をお持ちなら,もう少し工夫なさったほうがいいんじゃないでしょうかねえ?★★★★
Bob Himmelberger Trio "Where Do You Go From Here?" (Trance : 001)
@yeah Anight moods Bthe dolphin Cstraight up and down Dwhere do you go from here Eoptions Ftrance Gtrinkle, tinkle HI see your face before me Iall of you Jlazy bird
Bob Himmelberger (p) Dave Richards (b) Pete MacDonald (ds)
お名前からドイツ人かと思ったリーダーは,ニュージャージー州リビングストンを拠点に活動する中堅。ニューオーク音楽アカデミー(ニューヨークではない)でピアノ科の講師を務める教育者が本業です。1979年にウィリアム・パターソン大学を卒業し,1985年から1990年までグレン・ミラー楽団のメンバーだったこともあるそうですが,活動は平日の大学と週末のピアノ教師,それに時折クラブを回ってのサイドメン稼業がほとんどらしく,ようやく2000年に発表したこのリーダー作が処女作品という遅咲き。その後もブルース・ジャクソンのサイドメンでちらちらと録音しているほかは,殆ど表に出ていないようです。スタイル的には,米国の片田舎で弾くピアニストに良くいる,後期エヴァンス〜マッコイ〜チック・コリア系。急速調では千鳥足気味になる小粒な技巧をものともせず,剃刀系の神経質なセカセカ打鍵でパラパラとモーダル・フレーズを転がしていく。以前紹介したブルース・ダドリーがそうであったように,彼もまたオリジナルの作曲力は教育者らしく非凡。AEFの僅か三曲とはいえ,凝った拍節構造と適度に理知的な叙情性を持つ自作曲のセンスには唸ります。それだけに,小粒にもかかわらずパラパラ運指テクを誇示せずにはいられないB級根性が,せっかくの仕上がりに大きな影を落としているのは何とも惜しい。「自分の限界に挑む。それが男気さ」と彼は言うかも知れません。しかし,結果として「それでアルバムの聴き映えが貧相になるなら,意味ないぢゃ〜ん」。・・と,この辺が聴き手と演り手の間の,決して埋まらない溝なんでしょうねえ。★★★★
Ernie Royal "Accent on Trumpet" (Fresh Sound : FSR-CD 403)
@it's a grand night for swinging Awhat is there to say Btaking a chance on love Cstar dust Dflowin' Ea handful of stars Ffascinating rhythm Gstompin' at the savoy Hperiod suite Iperdido Jbig & little E K's wonderful Lthat's it Membraceable you Na date with kate Omean to me
Ernie Royal (tp) George Barnes, Sydney Gross (g) Ted Kelly, Russell Procope (tb) James Moody (ts) Hubert Fol (bs) Billy Taylor, Raymond Fol (p) Oscar Pettiford, Pierre Michelot, Wendell Marchall (b) Osie Johnson, Kenny Clarke, Butch Ballard (ds)
リーダー作がほとんどないカワイソーな便利屋さんアーニー・ロイヤルは,1921年ロス出身。UCLAで学んだのちレス・ハイト楽団に拾われて1938年にプロ入りし,その後は1940年のライオネル・ハンプトン楽団,1950年のチャーリー・バーネット楽団と,スイング・エラの名だたるビッグ・バンドを渡り歩いて花形の地位を恣まにしました。大編成バンドでひときわ華やぐ必要のあった時代に頂点を極めた人物だけに,彼もサッチモやエルドリッジ同様,大きめの等速ビブラートと朗々と張りのある艶やかな音色が持ち味。ハイ・ノート連発の溌剌としたフレージングと,明快な中間派スタイルのソロは,ビッグ・バンドの叩き上げだった彼ならではのものです。標題作はツイン・ギターという異色の編成だったにもかかわらず,出てくる音は極めてオーソドックスな中間派。目立つのはぷよぷよと可愛らしいアクセントを入れるジョージ・バーンズくらいで,サイドメンはひたすらリーダーに快適なソロ環境を供給するキーパーに徹します。リズムギターにビリー・テイラーのピアノというリズム配置も,管をひたすら引き立てるべく,半ば意図的だったのでしょう。いつもの如く発掘精神満載なフレッシュサウンドは,標題作(前半8曲)に,エリントン楽団の一員として1950年に渡仏した際に残された2つのセッションを併録。以上,たった一枚でリーダー名義の全てが収まってしまう哀しい現実は,ジャズ・イディオムが激変してゆく時代に翻弄された男の,哀しい運命の刻印でもあるでしょう。その後もスイング・エラのスタイルで吹き続けた彼は,1957年にABC放送局付けビッグ・バンドに入って表舞台から姿を消し,1983年に世を去りました。★★★★
Jan Garbarek "Paths, Prints" (ECM : 1223)
@the path Afootprints Bkite dance Cto B.E. Dthe move Earc Fconsidering the snail Gstill
Jan Garbarek (ts, ss, fl, perc) Bill Frisell (g) Eberhard Weber (b) Jon Christensen (ds, perc)
1947年生まれのノルウェイ人ガルバレクさんは,1970年代にキース・ジャレットと組んだ【ヨーロピアン・カルテット】で一躍脚光を浴びたリード奏者。身がよじれるようなその音色は,ちょうど中近東のチャルメラ楽器や英国のバグパイプにも似た強烈なエキゾチズムがあります。重度に欧州や中近東の民族音楽を採り入れた音楽性も相俟って,アメリカ人のジャズメンにはちょっと真似できないものでしょう。考えようによっては,後期トレーンに対するひとつのヨーロッパ的な解答なのかも知れません。本盤は1982年に発表された,通算8枚目のリーダー作(共有名義除く)。初期の作品は結構ハードでフリーキーだったりもする彼が,拍子抜けするほど淡々と,抑えめに音画を描いているのに驚きます。事実上ガルバレクとフリゼールの掛け合いだけで進行するといっても過言ではないほど,本盤ではフリゼールの貢献が著しい。やがてベン・モンデールやカート・ローゼンウィンケルへと受け継がれる浮遊系ギタリズムの開祖。その輝くばかりのセンスに惚れ惚れします。「ほョ〜ん・みョ〜ん」。曇天の下,茫洋と霞む霧の風景にも似た,フリゼールの物憂く柔らかな分散和音が形作る音場の上を,すコーンと抜けた主役のサックスが,雁の如く飛び去っていく。遠くで最小限度の輪郭を与えるリズム隊。たったこれだけで淡々と進行する内省的トーン・ポエム集です。身も千切れんばかりの音色とフレージングがお好きな生粋のガルバレク好きには,さっぱり燃えない本盤のテイストは詰まらないかも知れませんけど,本盤の妙味はむしろアンサンブルとして描かれる世界観。こんなところにも,新ブルックリン派の連中が萌えるインスピレーションの源泉が在ったなあ,と嬉しくなりました。★★★★
Sam Jones "The Soul Society" (Riverside : OJCCD-1789-2)
@some kinda mean Aall members Bthe old country Cjust friends Dhome Edeep blue chello Fthere is no greater love Gso tired
Sam Jones (b, vc) Nat Adderley (cor) Blue Mitchell (tp) Jimmy Heath (ts) Charles Davis (bs) Bobby Timmons (p) Keter Betts (b) Louis Hayes (ds)
サイドメンとしては最強の座を恣まにしながら,リーダーとしてはほとんど評価されていない可哀相な御仁サム・ジョーンズ。本盤は1960年に録音された初リーダー作です。ABDGの4曲を三管編成で,残る4曲にリズムベース(笑)を加えたセプテット編成で演奏。フロントを飾る独奏者の顔と,リズムキーパーの顔をバランス良く配分しようと考えたのでしょう。彼は翌年の第二作『ザ・チャント』,第三作『ダウン・ホーム』でもこの案分でアルバムを作りました。TPOをすっきり分ける姿勢が,そのまま彼の音楽性でしたねえ。チェロといえば,すぐに思い出されるのがロン・カーター。うにょ〜ん・うにょ〜んとフロントに絡みついて自己主張した彼も,後年チェロやピッコロベースを持ち出して似たような趣向の作品を量産しました。しかし,受ける印象は大違い。うにょ芸がそのまま前に出て,聴き手に脂汗を噴出させずにはおかないカーターに比べ,つつましやかに主題をユニゾンし,律儀なソロを取るジョーンズのそれはあまりにも控えめで地味。しかしまた堅実さの滲むもので,好感を持てました。当然,チェロを持ち出してソロを目一杯取るセプテット編成が趣向としては面白く,聴きものになるんでしょう。確かに筐体の小さいチェロは音が軽く,ソロ楽器としてメロディが聴きやすくなり,ソリストにとっても音符上の選択肢は拡がります。しかし,分厚い管を巧みに選り分けて,チェロの主旋律軸を引き立たせる。そんな編曲芸を駆使するハービー的才覚は,彼にはなかったようで。オーソドックスなファンキー・ハードバップの枠内での冒険ですから,どうしても余興に留まってしまう。ベースを持った4曲のほうがジャズとしてすんなり聴けるのは,ある意味とっても皮肉。キャノンボールと蜜月だったことを伺わせるファンキー・ジャズ色濃い楽曲も,今となっては少々アナクロですかねえ。演奏は佳演ですので,当時代ものがお好きな方なら,無難な買い物ではないでしょうか。★★★★
D*Influence "Prayer 4 Unity" (East West America : AMCY-863)
@midnight Aphuncky times Bwaiting Csimmer down Dalways Eshould I? FI will Gbreak up Hprayer 4 unity IBrasilia interview Jinterlude Kafrojam Lyou're all I need Mmidnight: remixed version
Sarah Webb (vo) Kwame Kwaten (key, b, synth, prog) Ed Baden-Powell (g, rhodes, p, bg, prog) Steve Marston (as, ts, fl, perc, key) Sebastian Allen (eb) Pascal Consoli (ds) Marcella French, Maurice White, Ron Paisley (b-vo) Kenny Wellington (tp, flh) Steve Hussey, Ellen Blair, Claire Ashby, Jake Rea (vln) Ben Davis, Ivan Hussey (vc)
独り勝ちするカメハメ大王ことインコと,ショボイ割りには人気のあるヘヴィーズ以外は有象無象だったアシッドジャズ。2002年までにアルバムを4枚。充分生き残り組だったのに,知名度薄なままバンド名とは裏腹に影響力のない彼らが,1995年に発表した2枚目のアルバムを100均で拾いました。彼らは1991年,アシッド勃興期のロンドンで結成された白黒混成の4人組。翌年デビュー作『グッド4ウィ』でデビューし,1992年のマーキュリー音楽賞で審査員特別賞をもらいました。実は彼らのアルバムを聴くのは二度目でして。最初に聴いたのはそのデビュー作だったんですよ。しかし,これがヘヴィーズに輪を掛けてつまんない作品でしてねえ(笑)。コメントを書く気にもならず放り出して存在を忘却しておりました。本盤も大した期待もせず購入。聴いてみましたら,意外にもこれが好内容でびっくりした次第です。編曲が格段に上達。単調なクラブ・ビートと,シンプルなリフレイン,相変わらず掠れ声のヘタウマ女流ヴォーカルが扁平に聞こえぬよう,彼岸の1970年代ソウルやファンク臭を持ったシンプルな上もので,上手に引き立てています。インコよりもジャズ臭は薄く,どちらかというと泥臭いグルーヴを強調したいであろう彼ら。その意図が青臭く空回りする様子がひたすら寒かった前作の反省を踏まえ,音色選定や管弦楽配置にかなり神経を使ったのでしょう。これならインコ好きな方は充分面白く聴けるのでは。個人的にはヘヴィーズなんかより良いと思います。★★★☆



Other Discs

Grover Washington Jr. "Then and Now" (Columbia : CK 44256)
@blues for D.P. Ajust enough BFrench connections Csomething borrowed, something blue Dlullaby for Shana Bly Estolen moments Fin a sentimental mood GStella by starlight

Grover Washington Jr.(as, ts, ss) Igor Butman (ts) Ron Carter, Gerald Veasley (b) Tommy Flanagan, Herbie Hancock, Sid Simmons (p) Marvin Smith, Grady Tate, Darryl Washington (ds) Richard Lee Steacker (g) Miguel Fuentes (perc)
代表作に『クリスタルの恋人たち』などという,今では恥ずかしくって容易には口にできない標題をつけられるほど,売れ線をひた走ってきたグローヴァーほどの人物でも,やっぱりアコースティックなジャズには一種の憧れのようなものがある模様。本盤は1988年に,彼がぽっかり作ったアコースティック・ジャズ作です。さすがはドル箱のサックス吹き。集められた人員はこれでもかと言わんばかりに豪華。ただ,資金力や個人技に頼ったこの手の詰め込みものが往々にして散漫になるのは世の常でして。当時,経歴中最もペロペロ癖の酷かったロン・カーターのうにょうにょ軽いベースとビーズリーのエレキベースに,ロール大好き重量級スミッティの相性が悪いのは,ジャズ好きの皆さんなら容易に予測可能。呼吸が微妙に合わず,演奏の腰が抜ける場面がしばしば見られます。さすがに本人もマズイと思ったか,補佐役のパーカッションや太鼓を加えてるんですけど,何だか逆効果なだけでは・・。グローヴァーのサックスは,インテンポのスウィンガーでは空フレーズ気味のアドリブがやはり鼻につきますし,フュージョンをメインに世の中を渡ってきた人物特有の過多な弄り回し(例えばEの主題に出てくるリフレイン)も,ややまとまりを欠くか。期待のハービーも,ビートがシャフル乗りじゃなかったせいか,本来のファナティックなピアニズムは出しにくそうです。それでも,助演名人フラナガンとの二重奏Cに至っては,アコースティック本職のプレーヤーも刮目する堂に入った仕上がりで驚きました。脇の各人のほうにより馴染みのある皆さんへ,他盤をおいて薦めるようなアルバムではないですけれど,中古盤で安く落ちてますので,気が向いたらお試しになってみるのもいいかも知れません。余談乍,ジャケットデザイン,素敵ですねえ。私はこれで買わされた(笑)。★★★
Maggi Olin Band "Le Spécialité" (Prophone : PCD 079)
@in the farrafine Ahej blej Bbreathe Cmingsound DMicki's eye Esweet dream Fquadr'l Gflowers Hnow let's dance Ikallsupen
Maggi Olin (p) Karl-Martin Almqvist (ts, ss) Magnus Broo (tp) Mattias Welin (b) P-A. Tollbom (ds)
1988年のバークリー卒業生にして,帰国後はジェリ・アレンを主流派流儀で毒抜きしたような世界観の作品を次々に制作。ついには2004年のスウェーデン放送局賞(Jazzkannan)を受賞してしまったオリンちゃん。確かに面白みはあるものの,今ひとつ取って付けたような空々しさの拭えない自作曲。太鼓との相性も最悪なまま。にもかかわらず,懲りずに使い続けてとうとう4枚目に。「頑固な女だな」,半ば切れながら,安さに負けて今一度お相伴に預かることにした次第です。エヴァンス派的デリカシーを添えつつも,鋭角的なリフと内省の片鱗くらいは見えるコード進行にジェリ・アレンの影響を色濃く感じさせる語り口はそのまま。気分はどっぷりジェリに耽溺しているいっぽう,ペンの筆力は相変わらずジェリ路線に不向き。血肉の通わぬまま奇を衒ったサムいリフが根本のコードと不協和を起こして空々しく響いてしまう。「この人はジェリの呪術性を全く咀嚼できとらんな・・」と頭を抱えるばかりです。さすがに4回も同じ事をやってると,心持ち様になった気がしないでもなく,Gなんか悪くないんですが・・。それは恐らくテナーマンの貢献によるところ大でしょうな。ハードボイルドな音色でお馴染みアルムキストのダンディな音色だけで聴くレコードですねえ。分けても,太鼓のトールボムとの相性の悪さはヒドイ。散々ぱら「合わないよ」とご注進申し上げておりますが,当然あっしのような下々の声が彼女に届くことはありますまい。はあ,自分で自分に相性の良いサイドメンすら選ぶ力がないとは。そういう人にはそもそもリーダーの器がないんじゃなかろうか。ラッパもヘロヘロじゃんかよ。最近は猫も杓子もすぐリーダーですけど,この人はどうも時期尚早なのでは。全部聴いたうえで言ってるんですから間違いない。★★★☆
Richie Kotzen / Greg Howe "Tilt" (Shrapnel : SH-1085-2)
@tilt Achase the dream Btarnished with age Coutfit Dcontusion EI wanna play Fseventh place GO.D. Hfull view
Richie Kotzen (g, b, vo,clvn) Greg Howe (g, b, key) Atma Anur, Jon Doman, Kevin Soffera (ds)
1980年に一人のギター好きマイク・ヴァーニー氏が創設して以降,ハードロックとフュージョンの境界領域で活躍するギタリストの,トリッキーなインストに特化して作品作りを続ける奇特なレーベルがシュラプネル・レコーズです。かのイングウェイにマーティ・フリードマン,ジェイソン・ベッカーにポール・ギルバート。そうそうたるギタリストの並んだカタログは壮観といえましょう。こんなジャンルがマーケットとして成立しているお陰で,多くの腕利きさんもご飯が食べられるというわけです。本盤の主人公二人も,同レーベルの生え抜き。ヴァン・ヘイレンに傾倒して十歳でギターを始めたグレッグ・ハウは,1988年ヴァーニーに見出されてプロ・デビューした男シンデレラ。その後同レーベルに7枚のソロ作を吹き込む傍ら,デニス・チェンバース,ビクター・ウッテンとファンク・トリオを組んだり,マイケル・ジャクソンやジャスティン・ティンバーレイクら人気ポップス歌手のツアーに同行して,悠々自適に過ごしているようです。対するリッチーは,ポイズンやMr.Bigのメンバーとして有名人ですが,元々は19歳でヴァーニーに見出されたインスト小僧。いわばシュラプネルの看板二名による顔見世興行的作品が本盤なわけです。当然ながら中身の方は,ファンク色濃くモリモリとうねるギターが丁々発止とやり合ったロック・フュージョン。何れ劣らぬ腕利きだけに技術的には文句なく,ロック色が卓越した音楽性にさえ抵抗がなければ充分愉しめるものです。それだけに惜しいのは,顔見せ=腕前勝負に注意を向けすぎる余り,楽曲がややお手透きになってることですか。ブローイングセッションの多くは楽曲が貧相になるのと同じ現象。テクの饗宴に力点を置きすぎての結果でしょう。ギター小僧は感涙に咽ぶんでしょうが,ややゲーム音楽風のチープネスが鼻について,アルバムとして愉しむ向きには今ひとつ幸せになれませんでした。★★★
Gloria Estefan "Hold Me, Thrill Me, Kiss Me" (Epic : EK 66205)
@hold me, thrill me, kiss me Ahej blej Bbreathe Cmingsound DMicki's eye Esweet dream Fquadr'l Gflowers Hnow let's dance Ikallsupen
Maggi Olin (p) Karl-Martin Almqvist (ts, ss) Magnus Broo (tp) Mattias Welin (b) P-A. Tollbom (ds)
ポップス浦島になって久しいあっしでございます。しかし,ファッキンならぬ100均CDコーナーに,懐かしいお名前を発見してしまったからには,買わぬ訳には参りませんでした。元ノリノリのラテンお嬢様グロリア・エステファン女史の1994年作です。面倒なので,先に結論から申し上げますと,ヒジョーにがっかりしたと申しますか,予想通りの結末だなと言いますか。彼女の芸風と,彼女の流行った時代背景については以前別項で書きました。元々彼女は【マイアミ・サウンド・マシーン】なるラテン系ディスコ(死語)バンドの紅一点として,モロに出自の分かるサンバ乗りを,エレクトリックなダンス路線と融合した強烈なキャラクターでシーンに浮上。1980年代半ばに『プリミティブ・ラヴ』で大成功しました(良いアルバムです)。強烈なラテン乗りと,随所に散りばめられるスペイン語。出自を隠さず堂々と主張しての成功は,増大するヒスパニック人口が初めて「綺麗なお姉さん」の形を借りて,憧れの対象に回った記念すべき瞬間でもありました。しかし皮肉にもこのヒットにより,彼らの音楽的な迷走も始まってしまった。続く『レット・イット・ルース』で,彼らはグロリア・エステファン&マイアミ・サウンド・マシーンと改名。『カッツ・ボース・ウェイズ』では彼女の単独名義に。つまりは出自を捨て,歌姫とバックバンドになる道を選んだわけです。私は同盤を聴いて「終わったな」と観念し,それ以降の彼女らには仄聞する程度にしか関心を持ちませんでした。こうして今,後の帰趨を辿ってみると,あの時の「終わったな感」が悪い意味で的中してしまったことを再確認。彼女の音楽からはほぼ完全にラテン色が消滅。もはやどこにでもある唯の無個性な打ち込みハウスもんに過ぎない。その方がきっと人気も維持しやすかったんでしょう。しかし,そうやって八方美人に作った音楽がいかに詰まらないかは,10年もしないうちに場末の100円売り場で,その後のアルバムが全て買えてしまうことに象徴されておりましょう。曲も編曲もひたすら平凡。ゴミです。彼女には,京本正樹の吐いたこの言葉を贈りましょう。「誰にでも好かれるけれど,誰からも深く愛されないってこと,あるでしょう?アイドル歌手みたいに」。






(2007. 4. 17)
脱稿:2007年4月17日 22:41:46

編集後記



天下り団体が増えるとろくな事はありません。
無い仕事を作るため,遂にきました「ダウンロードも違法」。



インターネット上の違法送信からの複製や、海賊版CD・DVD からの
複製について、私的複製の許容範囲から除外する
ことについて、
合法的で、ユーザーが利用しやすく、クリエーターへの利益還元も
適切になされる新しいビジネスの動きを支援するため、
情報の流通を過度に萎縮させることのないよう留意しながら、
著作権法の規定の見直しを進める。」
(所収:「世界最先端のコンテンツ大国の実現を目指して」(PDF)


日本の著作権管理業者の異常な権利意識は皆さんご承知の通り。
全ては天下り団体が,自分たちの仕事を作るためでしょう。
しかし,そのせいで著作権法はどんどん変えられている
このうえ,こんな法案が通ったらとんでもないですよ。

事 例
あなたはいま,「暗愚楽月報」を閲覧しましたね?
 1)私が原著作者に無許可で複製したCDジャケットを
 2)皆さんは許可なく,パソコンの一時ファイルフォルダに保管した。
ので,「違法複製ファイルのダウンロードをした」=処罰の対象です。

スピード違反者と同じくらいの数の国民が,たちまち犯罪者。
罰則金なんかできたら凄い。J@SRACはもう絶対潰れないな。
NHKよりよっぽど徴収率高いぞ,
まさに著作権ヤクザ。みかじめ料だけで左うちわ万歳。

ついでに言えば,彼は違法だったんだよね裁判長?
なら当然,マイクロソフトも著作権違反の幇助だよね?
だって「インターネットエクスプローラー」は彼らの製品ですから。
世界一普及しているブラウザ。超悪質。
これを取り締まらないのはダブルスタンダードでしょう。
ぜひ真っ先にゲイツを潰していただきたい。
ヤクザとゲイツ,どっちが勝つか。K-1を見るより面白いぞ。

もっとついでに言えば,
ワンクリ業者と同じく,画像や動画のあるページを閲覧しただけで,
IPとアクセスログを警視庁やJ@SRACに通報するスパイウェア。
誰か作ったら日本中大パニックだ。
しかも,すぐ作れそうなのが怖い。



《職場は上海》 求むフリーター,パソナが20代対象に

「フリーターの皆さん、上海で働きませんか」。人材派遣大手のパソナ(本社・東京)が,20代の若いフリーターを対象に上海に進出した日本向けコールセンターなどに就職させる 事業を7月から始める。帰国後は中国での経験や語学力を生かして就労支援する。 将来の中国ビジネスを担う人材の育成につなげたいという。

 この「海外就労支援コース」は就労経験の浅い若者が対象。中国で働きながら、仕事のやり方や中国語を身につけてもらうのが狙いだ。まず都内で2カ月間、書類作成やパソコン操作などの基礎的なことを学ばせ、中国の現地企業情報やマナーを教える 授業も開く。

上海にある日本資本や欧米資本の日本人向けコールセンターなどでの仕事は1〜2年契約で、月給は約8000元(約12万円)。就業時間外に無料の中国語研修もある。7月から研修を始める予定で、1回目の募集定員は10人。研修参加費は12万円だが、奨学金や特待生制度も設ける。

上海では製造業だけでなく、サービス産業の進出も多く、最近ではコールセンターなどで日本人向け業務の求人が増える傾向にある。

【典拠: http://www.asahi.com/business/update/0413/TKY200704120309.html】


研修参加費−月給 = 0
 120,000 − 120,000 = 0円

すごいっ!
一年契約で,うち一ヶ月をただ働き!
日本の労働基準法はもち適用外。時間外勤務に不法減給上等。
月給十二万って,仕送りもできんぞ。ある意味ジャパゆきさんより酷い。
「日本向けコールセンター」に,缶詰にされた状況で
どうやって中国語が身に付くのか,ぜひ教えて欲しい。
まさか乏しい稼ぎから家賃と食費と渡航費を天引きとかしないよね?(悪魔)
派遣会社ってほんと容赦ないなあ。最後の一滴まで搾り取る。鬼だ。
これを読んで思い出したのが,『ダーウィンの悪夢』。

資本は有限なのだから,誰かが多く取れば,誰かの取り分が減る。
グローバル化というのは,世界全体でその分配ゲームをやることと等しい。
今までなら日本標準での下層で済んでいた「多く取れない人」は
グローバル化した経済の中では,世界標準で奪われなければいけない。
一日一ドルの夜警と,日本の最下層が
いずれは仕事の取り合いをすることになるかも知れない。

「持たざる者(フリーター)は,持たざるがゆえに
持っているもの(なけなしの12万円)まで取られてしまうであろう」
(【マタイ効果】ロバート・マートン)

・・・怖いくらいの当てはまりようです。
かつての小泉支持層が望んだグローバル社会,ここに到来です。



またひと月以上空いてるぞ(笑)。
もはや月報とは名ばかりだ。


それではまた次号,
しぃゆうあげぃん。

ぷ〜れん敬白 

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